第221話 ベルト

試合終了のゴングが鳴り響くと同時に、セコンドにいた英雄さんと光君、高山さんがリングに上がり、喜びを表すように俺に抱き着き、俺も英雄さんを強く抱き返していた。


その後、勝者宣言を行い、キラキラでピカピカのベルトを着けると、夢の中にいるような気分になる。


『これが世界チャンプのベルト… 今まで見た中で、一番綺麗でめちゃめちゃ重いじゃん…』


スポットライトを浴びながら、インタビュアーの話を聞き流し、キラキラと光るベルトを見ていると、今までのことが走馬灯のように頭をよぎる。



幼いころに、英雄さんの試合を見に行ったことや、ジムで千歳のことをずっと見ていたこと。


どんなに厳しいトレーニングにも耐え、世界チャンプになるために、一番愛しい人からアドバイスを受けたことや、離れてしまったことまでもが、頭の中で浮かんでは沈み、涙腺を緩ませていた。



「今の喜びを誰に伝えたいですか?」


インタビュアーの言葉に、まず真っ先に思い浮かんだのは、千歳の顔。


千歳のいた方を見ると、千歳の姿は無く、少し笑った後に答えた。


「英雄さんと親父って言いたいんすけど… どんな時も俺を支えてくれた、あいつに伝えたいです」


「あいつですか?」


「俺にボクシングを始めるきっかけを作ってくれた、厳しくて優しい俺の大事な人です」


はっきりとそう言い切ると、無数のフラッシュがたかれ、光の中に包まれていた。



取材を受けた後、控室に行くと、吉野さんが拍手をしながら俺を出迎えてくれた。


「奏介! おめでとう!!」


「あざっす。 千歳って来てないっすか?」


「さっきまで居たんだけど、ヨシに連れていかれたよ。 『ちーを返してほしくば、半年以内にベルト賭けて再戦しろ』って、ヨシから伝言」


「え? 人質?」


英雄さんは吉野さんの言葉を聞くなり、顔を真っ赤にしながら切り出した。


「奏介、そんな賭けに乗るんじゃねぇぞ」


「だって、半年以内に賭けないと、返してもらえないんすよね?」


「あんな家出女、こっちから願い下げだ!!」


『あ、変なスイッチ入った… 俺的には今すぐ返してほしいんすけど…』



怒りを剥き出しにしている英雄さんに、そんなことは言える訳もなく、軽くシャワーを浴びていた。



試合後、すぐに千歳の家に帰りたかったんだけど、翌日の朝一にメディカルチェックがあるし、前回の試合よりも、酷く殴られてしまったから、帰宅することができず。


ジムに戻り、事務所のショーケースにベルトを飾ったんだけど、俺が取った世界チャンプのベルトの下には、千歳が昔取った、キックボクシングのチャンピオンベルトが飾られている。


二つ並んだベルトを見ていたんだけど、千歳の取ったベルトの方が小さく、見るからに軽そうな感じ。


『こんなに違うんだ… あの頃はめちゃめちゃデカく見えたのにな…』


そんな風に思いながら、ショーケースにしっかりと鍵をかけ、英雄さんと自宅の方に戻っていた。



軽く食事をとった後、壁にもたれかかりながら顔を冷やし、仮眠をとっていたんだけど、時々、顔がズキっと痛むせいで、途中で目が覚め、なかなか寝付けずにいた。


時計を見ると、まだ朝の3時を過ぎたところ。


『ベルト… 見に行くか』


ゆっくりと起き上がり、ジムの1階にある事務所に行き、自分で持っている鍵で中に入ると、ショーケースの前にあるソファの裏で、人影がモソモソと動いている。


『空き巣?』


息をひそめて動きを見ていたんだけど、ソファの陰にいる人影は、ショーケースに手を伸ばすことなく、身を屈め、モソモソと動くだけ。


不思議に思いながらソファの裏をのぞき込むと、そこには体を丸くし、床にぺったりと顔を付けた千歳が、ショーケースを見上げるように眺めていた。



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