第220話 再戦

来る日も来る日もトレーニングに明け暮れ、千歳の家からジムに通う日々。


朝のロードワークに出ていると、千歳は朝食を作っていてくれるし、洗濯はまかせっきり。


千歳は帰宅時間が遅いせいで、掃除と夕食の準備は俺がしていた。


寝る前には二人でストレッチをし、腕立ての時には背中に乗ったり、腹筋の時にはグローブをはめ、俺の腹を容赦なく殴ったりと、筋トレにも付き合ってくれる。


お互いがお互いのために、協力して生活できていることが、ものすごく嬉しかった。


休みの日になると、千歳はロードワークに付き合い、自転車の乗りながらヤジを飛ばしてくる。


「横! 前! ダッシュダッシュ!! もっと飛ばせ!!」


容赦のない掛け声に合わせ、土手沿いを走り続けていた。


狭い家の中でも、試作品のミットでパンチを受けてくれるんだけど、千歳は英雄さんに会うことを拒み続け、英雄さんの話をしようとすると、話題を変えてしまう始末。



ヨシ君が再度指名してきた試合の1か月前には、英雄さんの家に下宿をし、あらゆる欲望を立ち切る生活が始まっていた。


時々、雑誌の取材を受けていたんだけど、相変わらず注目されるのは英雄さんばかり。


『俺、ここになくてもいいんじゃね?』


そう思うくらいに、記者と英雄さんの話は盛り上がり、そのままの状態で取材を終えていた。



毎晩、千歳が帰っていそうな時間にラインをしたんだけど、千歳から返ってくるのは短い返事ばかり。


時々、返事がないこともあったんだけど、疲れ切って倒れた姿を思い出すと、すぐに駆け付けたほうがいいのか、このままここに居た方がいいのか、わからなくなってしまったけど、じっと我慢をする日々を過ごしていた。



前回の試合から5か月経ち、ヨシ君の指名試合当日を迎える。


控室で準備をしていると、親父とじいちゃん、前回来れなかった陸人が控室に来ていたんだけど、陸人の隣には千夏ちゃんの姿。


「お久しぶりです」


千夏ちゃんは挨拶をしてきたんだけど、昔のようにオドオドした感じはなく、落ち着いていた。


少しだけみんなと話していると、二人は控室を後にし、学と凌、智也君も控室に来たんだけど、千歳が来ないままに時間が来てしまい、暗い通路を歩いていた。


千歳と二人で選んだ曲に合わせて通路を歩き、チラッとだけ関係者席を見ると、スーツ姿の千歳は、ヨシ君サイドのベンチに座り、しっかりと俺の目を見てきていた。


『ヨシ君に捕まってて来れなかったのか… なるほどね』


千歳に差し出すように拳を突き出すと、千歳はそれに応えるように、小さく拳を突き出してくる。


千歳の前を通り過ぎ、リングに上がったんだけど、ずっと千歳のことを見つめていた。


ヨシ君が入場し、リングに上がると、ヨシ君は俺に見せつけるようにベルトをグローブで軽く叩く。


その後、レフェリーの説明なんて聞かず、ヨシ君と睨み合っていたんだけど、だんだん笑いがこみあげてしまい、全く同じタイミングで噴き出してしまった。


『やべぇ… 2回目なのに、なんでこんな面白いんだろ?』


全く同じタイミングでグローブを突き出しながらコーナーに行った後、リング中央に行くと、試合開始のゴングが鳴り響く。



いきなりヨシ君に飛び掛かり、ラッシュを食らわせたんだけど、ヨシ君は当然のようにクリンチで回避し、レフェリーに引きはがされた。


率先してパンチを繰り出す、今までにない戦い方をしたんだけど、ヨシ君はニヤッと笑いかけてくるだけで、全く効いていそうにない。


1ラウンド終了のゴングが鳴り響き、コーナーに戻る途中、千歳の方を見たんだけど、千歳はじっと俺のことを見つめ、小さく頷いていた。


序盤は俺が優勢に試合を持って行っていたんだけど、中盤頃になると、ヨシ君も本領発揮し始め、トリッキーな技で俺を錯乱してくる。


けど、インターバルのたびに千歳の表情を見ているせいか、不思議なくらいに気持ちが落ち着き、動きを見切ることができていた。


8ラウンドを終えた頃から、互いのパンチが綺麗に決まり、お互い倒れまくっていたんだけど、当たり前のように立ち上がる。


前回同様、最終ラウンドを迎える時には、顔が腫れ、視界が狭くなっていた。


最終ラウンド中盤、渾身の力を込めて放った左ストレートが、綺麗に顎に決まり、ヨシ君はダウンしていた。


『もう立たないで、ビール飲みに行こうぜ… 俺、奢るからさ… マジでホントに立たないでくれ』


カウントが聞こえる中、倒れるヨシ君を見ながら、祈るようにそう思っていたんだけど、ヨシ君は当たり前のように立ち上がろうとしている。


『マジかよ… 立つなって…』


不安に思いながらファイティングポーズを取っていると、ヨシ君は膝から崩れ落ち、またしてもリングで大の字に。


ヨシ君は立ち上がることがないままに、試合終了のゴングが鳴り響いていた。


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