第215話 疲労

焦りがピークに達する中、スーツ姿の女性が中に入り、その姿に驚きを隠せなかった。


「…千歳?」


俺の声に反応するように、千歳は顔を上げたんだけど、その表情は憔悴し切っていた。


千歳は壁に手を付けてヒールを脱ぐと、床に吸い込まれるように倒れそうになってしまう。


慌てて千歳を抱き支えると、『ピッ』と言う機械音の後、部屋の中は明るくなり、千歳は消え入りそうなほど小さな声で告げてきた。


「…10分寝かせて」


千歳はそれだけ言うと、全身の力を抜いてしまう。


呼びかけても起きることはなく、千歳はスーツ姿のまま、寝息を立て始めていた。


『相変わらず軽いな… 昔よりも軽いかも? つーか胸、デカすぎねぇ? 昔よりも絶対デカくなってるよな?』


寝息を立てる千歳をベッドに寝かせ、寝顔を見ていると、連絡がないことに苛立っていたことや、何もかもが消え去り、不思議なくらいに気持ちが落ち着いていた。


「スーツ、皺になるぞ」


小声で言っても、千歳は寝息を立てるだけで、動こうとはしない。


ベッドの横に座り、長くなった髪に手を伸ばすと、千歳は寝返りを打ち横向きに。


シーンと静まり返った部屋の中、長くなった髪に指を絡ませながら、あの頃と同じ寝顔を見ていると、愛しく思っていたあの頃以上に、愛しい気持ちが蘇ってくる。


しばらく我慢をしていたんだけど、愛しい気持ちを抑えきれず、こめかみに唇を落とすと、千歳はゆっくりと目を開けた。


「おはよ。 10分経ったよ」


「…あれ? 奏介? なんで?」


「カズさんに頼まれて、PC直しに来た」


「…そっか。 ありがと」


千歳はゆっくりと起き上がり、眠気を両手で隠すように、顔を抑えつける。


「スーツ皺になるから脱いだほうがいいぞ?」


はっきりとそう言い切ると、千歳はゆっくりとベッドを降り、ふらつきながら浴室のほうへ向かってしまう。


『ここ、千歳の家だったんだ… 最初から言ってくれればよかったのに… って、英雄さんに聞かれたらマズいのか』


自分の中で妙に納得をし、PCデスクにぶら下がっていた配線をつなぎ始める。


配線をつなぎ終えると、千歳はタオルを肩にかけ、濡れた髪のまま部屋に顔を出すなり切り出してきた。


「動いた?」


「今チェックしてるよ」


電源を入れ、動作チェックをしていると、千歳は俺の横にペットボトルの水を置き、何事もなかったかのように素通り。


その直後、背後から『ブシュッ』と言う音が聞こえ、振り返ると千歳は缶チューハイを飲みながら資料を眺めていた。


「俺には水で自分は缶チューハイっておかしくね?」


「車じゃないの?」


「ちげーわ。 走ってきた」


「じゃあ飲んじゃダメじゃん。 ロードワークついででしょ?」


昔のようにはっきり言いきられ、軽く不貞腐れながら千歳に切り出した。


「直ったぞ」


「ん。 サンキュ」


千歳は俺に目を向けることもなく、資料に視線を落としたまま。


その態度に苛立ち、千歳の手ごと缶チューハイ奪い取り、一気に飲み干した。


「あー! 全部飲んだ!!」


「今日は泊まるから良いんだよ」


千歳は不貞腐れたように立ち上がり、キッチンに向かおうとしていたんだけど、どうしても聞きたいことがあって、千歳に切り出した。


「なぁ。 俺ら、終わってないよな?」


千歳は一瞬だけ固まり、黙ったまますぐに冷蔵庫を開けていたんだけど、何も言ってこようとはせず、無言で缶チューハイを2本持ってきた。


1本を俺に手渡し、当たり前のように隣に座る。


「聞いてる? 俺ら、終わってないよな?」


不安になりながらも再度聞くと、千歳は言いにくそうに切り出してきた。


「…奏介はどう思ってる?」


「終わってないし、終わらせたくない」


はっきりとそう言い切ると、千歳は缶チューハイを口につけたまま、言いにくそうに切り出してきた。


「…実はさ、取引先の人に『付き合ってくれ』って言われてるんだよね」


千歳の言葉に驚きを隠せず、血の気が引き、頭の中が真っ白になっていくのを感じていた。

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