第214話 緊張

試合から1か月経ち、軽く動けるようになっても、千歳からは何の連絡もない。


大人しく待っているつもりだったけど、何の音沙汰もないことに、だんだん苛立つようになっていた。



そんなある日のこと。


カズさんに切り出され、飲みに行くことに。


カズさんと二人で居酒屋に行くと、智也君が待ち構えるように一人で飲んでいた。


同じテーブルに座り、話していたんだけど、智也君は不思議そうな表情をしながら切り出してきた。


「奏介、千歳と連絡取った?」


「取って無いっすよ。 かなり忙しいって言うのはわかるけど、1か月以上も連絡無いっておかしく無いっすか?」


「は? お前、連絡とってないの?」


カズさんは目を見開き、驚いたように聞いてくる。


「ないっすよ。 『おごってね』とかなんとか言ってたくせに… ラインの返事も来やしないんすから…」


「そうなんだ…」


カズさんがため息交じりに言うと、智也君が切り出してきた。


「あの会社、立ち上げたばっかりで人も少ないし、HPの更新依頼も来てないからなぁ… 相当テンパってるんだと思うよ」


智也君の話を聞き、我慢しなきゃいけないような、けど苛立つような、複雑な気持ちになっていた。


帰り際、カズさんは智也君から小さな箱を受け取り帰宅していた。



流石に苛立ちを隠せずにいると、カズさんは仕事から帰るなり、俺に切り出してきた。


「奏介悪い。 パソコンの修理頼まれたんだけど、行ってもらえるか? 今から」


「今からっすか?」


「ああ。 仕事で使ってるんだけど、とうとう動かなくなったらしいんだわ。 多分、このパーツを交換すればイケると思うんだよね。 俺、今から約束してて行けないからさ」


「いいっすよ。 どこっすか?」


カズさんはラインで住所を送り、家の鍵を渡してくる。


「もしかしたら居るかもしれないけど、気にしないで修理しちゃって」


「居るかもって… 誰が?」


「野暮なこと聞くな。 じゃあ頼むな」


カズさんはそう言い切ると、勢いよく玄関を飛び出した。



『え? 彼女ってこと? まさか桜さん? めっちゃ怖いんすけど… 殴られないよな? ここから7キロくらいだし、あり得るかも… マウスピース持っていこうかな…』


不安を抱えながらも、小さな箱をカバンに入れて走りだした。



スマホを見ながら走り、白いアパートの前に到着。


2階にある一室前に着き、インターホンを鳴らしても反応がない。


緊張したまま恐る恐る鍵を開け、ゆっくりとドアを開け、そーっと中を覗き込む。


すると、部屋の電気はすべて消え、玄関には見覚えのある黒いパンプスが置かれていた。



物音を立てないように中に入ると、テーブルの上には、デスクトップパソコンとドライバー、エアスプレーと電気のリモコンが置かれているだけ。


棚にはファッション誌やメイク道具もたくさん置いてあり、さらに緊張が走っていた。


『絶対桜さんだ… 帰ってくる前に直して帰ろう』


そう決心し、リモコンで電気をつけ、急いで作業を始めていたんだけど、中が埃だらけですぐには終わりそうにない。


ベランダで埃を吹き飛ばした後、急いで作業を始めたんだけど、変に緊張しているせいか、手が小刻みに震えてしまう。


『やべぇ! 急がないと帰ってくる!! マジやばいって!!』


焦れば焦るほど手元が狂い、手に汗をかいてしまう。


何度もズボンで手の汗をぬぐい、作業をしていたんだけど、手の震えと汗は止まらず、簡単なケーブルを抜くことですら一苦労していた。



やっとの思いでパーツ交換を終え、誰も来なかったかのように置いてあったものを、もとの場所に戻す。


急いで家を後にしようとし、靴を履いた瞬間、電気を消し忘れたことに気が付き、慌てて中に戻っていた。


『やばいやばいやばいやばい…』


こういう時に限って、なかなか電気が消えてくれない。


焦る気持ちを抑えきれず、何度もスイッチを押しまくっては、手のひらに叩きつけたりしていると、玄関のほうから鍵の開く音が聞こえてきた。


『あ… 終わった… 桜さんから、さらに嫌われるわ…』


小さくため息をついた後、腹を括り、玄関の前でドアが開くのを待っていた。



ドアの前に立ち、桜さんが入ってくるのを待っていたんだけど、元々鍵が開いていたせいか、桜さんはかなり手こずっている。


『多分、いきなりボディだろうな… いや、右ストレートの可能性もあるし… あ、マウスピース忘れた… 絶対痛いよなぁ…』


そう思いながらドアが開くのを待っていると、自然と手に力が入り、リモコンを握りしめていた。


ドアが開くと同時に『ピッ』と言う機械音の後、部屋の中が真っ暗に。


『マズイ!!』


焦りがピークに達する中、スーツ姿の女性が中に入り、その姿に驚きを隠せなかった。

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