第213話 マジ

「奏介! 大丈夫か!?」


歓声の中で、遠くから光君の呼ぶ声が聞こえてくる。



あれ?


なんで照明が目の前に?


なんで天井が見えてんの?


あれ?


なんで? おかしくね?



自分がどういう状況になっているのかもわからないまま、眩し過ぎるくらいに光を放つ、照明を眺めていた。


「奏介!!」


英雄さんの怒鳴り声と同時に我に返り、ゆっくり起き上がると、ヨシ君が秀人さんと抱き合い、喜びを表していた。


「あれ? 俺…」


「ナイスファイト。 立てるか?」


光君は残念そうな表情で言い、俺を立ち上がらせる。



『負けたんだ…』



レフェリーが勝者宣言をする中、ボーっと床を眺め、拍手に包まれていると、ヨシ君が歩み寄ってきた。


ヨシ君のボロボロで、片目が腫れ上がった嬉しそうな顔を見た途端、悔しさがこみ上げてくる。


ヨシ君とハグした瞬間、小声で切り出した。


「勝ったらプロポーズしようと思ったのに…」


「え? マジで?」


「マジ」


「ちー?」


黙ったまま頷くと、ヨシ君は突然大声を出して笑い始める。


「ダッセー!!」


軽くふてくされながらリングを降り、英雄さんたちと控室に向かっていた。


『ダッセー! じゃねぇっつーの… ダサいけどさ…』


不貞腐れたまま控室に行くと、控室では吉野さんが一人で拍手をし、俺を出迎えてくれた。


「ナイスファイト」


「あれ? 千歳は?」


「ん? 急遽、仕事が入って飛んでったよ。 これ渡しといてくれって」


吉野さんはそう言いながら、千歳の名刺を手渡してきた。


「裏見てみ?」


吉野さんに言われ、裏を見ると、そこには千歳の字が書いてあった。


【誰が待つかバーカ】


かなり昔、面等向かって言われたことを思い出し、思わず吹き出してしまう。


「あいつ、変わんないっすね」


「人間、見た目は変えられるけど、中身はそう簡単に変えられないよ」


「確かに… あいつ、めちゃめちゃ綺麗になってましたもんね…」


「想像以上だったな。 ほら、ドクター来たぞ」


吉野さんに切り出され、診察を受けた後、シャワールームに向かっていた。


【バーカか… 俺、何回あいつにバーカって言われたんだろうな…】


そう思いながら軽くシャワーを浴びていた。



試合後に、カズさんと飲みに行く約束をしていたんだけど、殴られた場所が痛み出し、結局飲みに行くことができず、ラインで謝罪のメッセージを送っただけ。


千歳にもラインを送ったんだけど、返信どころか既読もつかなかった。



翌日は病院に行き、精密検査を受けたんだけど、外傷だけで異常はなし。


検査の後、事務所に行き、スポーツ新聞を眺めていると、一面には俺とヨシ君が最後に放ったクロスカウンターの写真がデカデカと載っていたんだけど、その横には相変わらず『英雄さんと秀人さん』のことばかり。


ヨシ君の会見の内容も書かれていたんだけど、そこにはヨシ君らしい言葉が書かれていた。


【一部の人は、『八百長』だのなんだのって言ってたけど、あの試合を見て『八百長』っていうやつは、試合をしっかりと見てないド素人。 俺は100%以上出し切ったし、最後の最後、奏介が立った時にはかなり焦った。 たまたま運が俺に傾いたから勝てたってだけで、あの時に奏介が立ってたら俺は負けてたかもしれない。 次こそは、完膚無きまでに叩きのめす】


新聞を読みながら思わず笑ってしまい、新聞を置いた後、テレビをつける。


テレビをつけた途端、ヨシ君の顔が画面いっぱいに移り、思わずテレビを消していた。



相変わらず、千歳からは何の連絡もなく、腫れが引くまで、動くことは禁止されていたんだけど、1週間が経った頃になると、土手まで散歩をするように。


ゆっくりと歩いていると、向かいから歩いてくる人影が見え、遠くから片手をあげてきた。


「あれ? ヨシ君だ」


「よお。 だいぶ腫れ引いたな?」


「3日くらい寝れなかったよ」


「勝った。 俺4日。 ちーは1週間寝てないらしいよ?」


「マジで?」


「ああ。 俺も奏介も同じメーカーのシューズ履いてたじゃん? 注文が殺到して、サーバーがパンクしたらしい。 ひっきりなしに電話がかかってくるせいで、自分の仕事ができないんだと。 秀人さんも手伝ってるけど、ちーは俺ら以上にボロボロだぞ?」


「マジか… あのシューズ、かなり良いもんなぁ…」


「あれはマジで優秀だよな。 履いてること忘れるし。 ま、そのうち落ち着くんじゃね? 知らないけど」


その後も少しだけ話した後、ゆっくりと歩き、千歳の顔を思い出しながらジムに向かっていた。

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