第212話 ダウン

ゴングが鳴り響いた後、二人は距離を詰めながらパンチを繰り出し、互いを牽制しあうように、一気に離れる。


序盤は互いが牽制しあっていたせいか、小さな盛り上がりだけで終わっていたんだけど、5ラウンドを終えた頃、一気に試合が動いた。


ヨシは相変わらずトリッキーな技を繰り出していたんだけど、奏介はそれを見切ったようにガードで受けつくしていた。


が、フェイントだと思ったヨシの右ストレートが、奏介の顔に刺さり、奏介はダウン。


カウントが始まると同時に奏介は足をあげ、「よっ」っと言わんばかりに、飛び上がりながら立ち上がり、ファイティングポーズをとる。


『嘘だろ… あいつ、右ストレート食らったばっかりなのに、今飛んだぞ? 何なのあいつ…』


信じられない行動をしたせいか、ヨシは呆然とし、奏介の細かいパンチを食らいまくっていた。


ラッシュの途中でゴングが鳴り、インターバルに入ったんだけど、桜は呆然としながら呟いてきた。


「…なんなのあいつ。 飛んだよ?」


「ああ。 バケモンだな」


小さな会話の後、ゴングが鳴り響いたんだけど、1分が過ぎたころからヨシの顔から余裕が消え、奏介のパンチをガードし続けていたんだけど、奏介のパンチがボディに刺さり、今度はヨシがダウンしたと思ったら、ヨシは前転しながら立ち上がり、ファイティングポーズをとっていた。


『両方バケモンじゃねぇかよ…』


目を疑う光景を目の当たりにし、二人を食い入るように見つめていたんだけど、二人はどこか楽しそうに殴り合い、どちらかがダウンをしてはすぐに立ち上がり、相手をダウンさせ続ける。


一進一退の攻防を見ていると、自然と手に力が入っていた。


10ラウンドが終わるゴングが鳴り響くと同時に、桜が声を上げた。


「ちょ! カズ兄!! 手から血が出てる!!」


ふと見ると、手を強く握りしめていたせいか、親指の関節あたりに爪が食い込み、軽く血が流れていた。


桜は慌てたようにティッシュを当て、簡単な手当てをしてくれた。


「なぁ… 俺、何してるんだろうな?」


「え? 何って?」


「今、めちゃくちゃリングに上がりたい」


「へ? リングに?」


「なんで10歳も上に生れたんだろうな? あいつらが同年代だったら、俺、今頃リングに上がってたんじゃねぇのかな…」


「今からでも遅くないじゃん。 英雄さんだって、36でチャンピオンになったんだし、全然遅くないよ」


桜にはっきりと言い切られ、大きく息を吐いた。


『遅くないか… 今までいつまでもダラダラ続けてたのは、やりあいたい相手が居なかったからなんだな… なんでいつも気が付くのが遅いんだろうなぁ…』


そう思いながらリングを眺め、大きな歓声が響き渡る中、殴りあう二人を羨ましく思っていた。



ラウンド数が増える中、二人の顔はみるみる腫れ上がり、11ラウンド終了のゴングが鳴り響いた時には、二人とも片目がふさがりかけ、立っているのがやっとの状態。


最終ラウンドが始まると同時に、二人はリング中央に歩み寄り、最後の力を振り絞るように殴り合う。


ヨシが一瞬のスキをついて右ストレートを放った瞬間、奏介のノーモーション左ストレートが綺麗に決まり、二人は全く同じタイミングで互いのパンチを食らっていた。


「く、クロスカウンター!?」


観客席から雄たけびに近い声が上がる中、二人は同時に倒れこむ。


「奏介! 立て!!」


思わず叫んでいると、二人は肩で息をしながらカウント5でゆっくりと起き上がり、カウント8で立ち上がる。


が、カウント9が終わろうとした瞬間、膝から崩れ落ち、倒れこんだのは奏介だった。

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