第205話 ルーティーン

「カズ君、飲みに行かない?」


仕事が終わると同時に俊に切り出され、思わず着替える手を止めた。


「あー、悪い。 今日、用事あるんだわ」


「桜ちゃん?」


「そんな感じ。 お先っす~」


そう言いながら逃げ出すように更衣室を後にし、店を飛び出した。



バイクにまたがり、真っ先に向かったのは千歳の家。


千歳に口止めされ、奏介には『千歳の居場所はわからない』と言ってあるけど、本当は嫌ってくらいに知っているし、実はアパートの連帯責任者にもなっている。


千歳も奏介が帰国したことは知っているし、お互いがお互いのことを知っているんだけど、千歳が頑なに口止めしてきているせいで、言い出すことができなかった。


合鍵でアパートの鍵を開け、中に入ると、千歳はデスクトップPCを前に難しい顔をしている。


「どうした?」


「あ、カズ兄、ちょうど良かった。 動きが重いし、なんか変な音するんだよね」


「変な音? ファンかな? 掃除したか?」


「怖くて開けらんないもん」


「タブレット使えるんだろ? 後で見てみるよ。 飯食ったか?」


「食べてない」


「お前なぁ… 飯くらいちゃんと食えよ」


「金欠で食えないの」


完全に呆れ返り、冷蔵庫の中を見ると、酒とコーヒー、そして水が入ってるだけ。


「酒とコーヒー買えるなら飯買えよ」


「全部、秀人さんがくれたやつだから買ってないよ?」


千歳はそう言い切ると、冷蔵庫の前でしゃがみ込む俺の横から手を伸ばし、缶ビールを取り出した。


『ったく…』


ため息をつきながら家を後にし、スーパーに行った後に千歳の家へ。


千歳の家で食事を作った後、千歳の食べている横でパソコンを開け、中の様子を見ていた。


「ファンの動きが悪いな。 埃がすごいから、全体的に影響が出るかもしれないぞ?」


「直る?」


「パーツ交換すれば大丈夫だとは思うけど、なんとも言えん。 智也から譲り受けたんだよな? 智也に言って、パーツ取り寄せてもらうよ」


「おねが~い」


千歳の返事を聞いた後、残った食事をタッパーに入れ、千歳の家を後に。


そのまま桜の家に行き、タッパーに入った食事をつまみながら、二人で飲んでいた。



いつの間にか出来上がったルーティーンの通りに動き、そのまま桜の家に泊まることもある。


一晩どころか、もう何度も二人っきりで過ごしているけど、間違いが起きることもなく、二人で話しながら飲むばかり。


桜は酔いが回ると、決まって千歳の話をしてくる。


「奏介がいなくなってから、毎晩泣いてたじゃん!」


「あれは泣いたんじゃないだろって! 明け方に来たメールを見ながら、あくびしただけだろ? あの言い方じゃ、奏介がかわいそうだろって」


「涙を流したことには変わりないでしょ!?」


「あくびしたら誰だって涙出るだろ? なのにあんな号泣してたみたいな言い方、あの二人に失礼だろ?」


「だって… あれっきり連絡してこないし…」


桜は口を尖らせて目を潤ませる。


「仕事が忙しいんだろ? そっとしといてやれよ」


「カズ兄は冷たいんだよ! 千歳を奏介のアパートの前で見つけたとき、私がどんな気持ちだったかわかってんの!? 奏介がいなくなってから、千歳、毎晩泣いてたし!!」


そのまま話が永久ループしてしまい、かなりうんざりし始める。


はっきりと『大学に通ってる』と言えれば楽だし、千歳の家の場所も言えればいいんだけど、桜のことだから、知ったとたんに家に行くだろうし、大学にだって行きかねない。


『通信だから通学してないって言えればいいけど、こいつのことだから暴走して今すぐ行きかねないよなぁ…』


完全に呆れながらビールを飲んでいると、さっきまで怒鳴りつけてきていた桜は、いきなり抱き着いてきた。


「な!?」


「千歳に会いたいよぉ…」


桜は俺に抱き着きながら泣きじゃくり、千歳の名前ばかりを連呼してくる。


普段は泣くことなんてないし、怒鳴りつけたまま酔いつぶれるはずなんだけど、この日はいきなり抱き着かれて泣かれ、どうしていいかわからなかった。


『ずっとパートナーだったし、こんなに会わないのは初めてで、どうしていいかわかんないのかな… 意外とかわいいとこあるじゃん』


俺の胸にしがみつき、子供のように泣きじゃくる声を聴いていると、なぜか気持ちが落ち着いていた。



「もうすぐ会えるよ」


桜をそっと抱きしめ、慰めるように頭をなで続けていた。

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