第203話 挑発

帰国してから1年半が過ぎ、やっとの思いでA級ライセンスが取れ、12ラウンド制の試合にも出れるようになったんだけど、世界ランクに入ることは叶わず。


B級ライセンスの試合でも、かなり苦労していたから、すんなりランカーになれるとは思ってもなかったし、A級ライセンスが取れたこと自体、かなりラッキーだったと思うことが多かったせいか、日々のトレーニングにより一層力を入れていた。


この頃になると、ファイトマネーとジムでのバイト、智也君の手伝いで、十分な生活ができるようになったんだけど、下宿から解放されることはなく、相変わらず凌にじゃれ付かれ、英雄さんに怒られる日々。


カズさんとは週に1度飲みに行き、どんどん酒が強くなっていた。


時々、英雄さんと凌の3人で飲むこともあり、ヨシ君の話も出てくるようになったんだけど、千歳の話は相変わらずタブー。


カズさんはそんな状況にうんざりしたのか、自宅に帰ることが少なくなっていた。



そんなある日のこと。


ヨシ君が現チャンピオンに指名され、試合中継を凌と英雄さんの3人で見ていたんだけど、ヨシ君は以前よりもキレッキレでパンチも早い。


それだけではなく、オーソドックスとサウスポーを次々に切り替え、フェイントも多く、動きが全くと言っていいほど読めない。


凌はヨシ君のトリッキーなファイトスタイルを見て、茫然としていたんだけど、俺はしょっちゅうスパーをし、スイッチングの練習にも付き合ったことがあるから『精度が上がったなぁ』くらいにしか思わなかった。


すると、英雄さんが画面を見ながら切り出してきた。


「奏介、ヨシが次に何を出すか予想してみろ」


「はい。 フェイント、フェイント、右ジャブ、サウスポー右ジャブ…」


ヨシ君の動きを見ながら、次の動きを予想し、口に出して言っていたんだけど、その8割が当たっていたせいか、凌はポカーンとするばかり。


「なんでわかんの?」


「ヨシ君のクセだよ。 フェイントが1回の時は、次にフックがくる確率が高い。 決め手はフェイントからスイッチングを挟んで右ストレート」


はっきりそう言い切ると、ヨシ君はフェイントからスイッチングを挟み、いきなり右ストレートを放っていた。


現チャンピオンが倒れる中、ヨシ君は肩で息をしながらゆっくりとコーナーポストに向かい、カウントを待ち始める。


息を飲みながらカウントを数えるレフェリーを見ていると、ゴングが鳴り響き、ヨシ君は両腕を上げて喜んでいた。


「マジか… ヨシ君が世界チャンプ…」


煌びやかな光に包まれ、秀人さんたちと大喜びするヨシ君を見ていると、自然と手に力が入り、拳を握りしめていた。


すると、英雄さんが悔しそうに切り出してきた。


「奏介、俺とあの舞台に立つぞ」


「もちろんっす。 俺、英雄さん意外の人と、あの舞台に立つ気ないっす」


はっきりとそう言い切りながら画面を見ていると、ヨシ君は世界チャンプのベルトを腰に巻き、両腕を上げて喜びを表し始める。


キラキラでピカピカなベルトを見ていると、ふと忘れかけてた千歳の言葉が頭を過る。


『指輪よりベルトがいいな』



「絶対… 絶対あのベルト取ってやります!」


思わず本心が口から零れ落ちると、英雄さんは俺の肩をがっしり掴み、画面を見ながら切り出してきた。


「取り返すぞ。 俺のベルト」


「はい! 明日から、またよろしくお願いします!」


はっきりそう言い切った後、英雄さんとがっしり握手をし続けていると、ヨシ君の会見が始まったんだけど、ヨシ君は喜びを告げた後に切り出してきた。


「俺の実力を伸ばしてくれた秀人さんに感謝します。 親父? 親父は関係ないっすよ。 もう何年も会ってないし。 ベルトが取れたのは、才能を引き延ばしてくれた秀人さんのおかげです。 それより俺、ベルトを賭けて試合したいやつがいるんすよ。 まだランカーにもなってないんですけど、あいつは諦めが悪いんで、絶対のし上がってきます。 ライバル? いや、そんないいもんじゃないっすよ。 ただのボクシングバカってだけです。 中田ジムにはボクシングバカが多いんすよ。 オーナーがボクシングバカだから、移るのかもしれないっすね」


『めっちゃ挑発されてる… ボクシングバカって絶対に俺のことだ…』


そう思いながら、無数の光の中で話し続ける、ヨシ君のことを眺めていた。

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