第202話 サイクル

千歳が吉野さん経由でミットを中田ジムに置き始めた日から、ジムの手伝いをするように。


親父に荷物を送ってもらい、教習所に通いながらジムの手伝いをしていたんだけど、教習所は午前中に行くようにしたから、午後はずっとジムばかり。


凌は大学があるから、ジムの手伝いはできないんだけど、ほとんど毎日のようにトレーニングをし、毎晩のように絡んでくる。


絡んでくるのはいいんだけど、風呂に入っていると乱入しようとし、大騒ぎした結果、二人して英雄さんに怒られる始末。


お母さんは呆れかえり、何も言えない状態になっていたんだけど、カズさんは時々どこかに泊まっているようで、帰宅しない日もあった。



週末になると、懐かしい面々がジムに集まり、俺に話しかけてきた。


その日の夜、みんなで食事に行ったんだけど、話題の中心は千歳ばかり。


智也君は、ヨシ君経由で千歳の話を聞いているようで、いろいろな情報を教えてくれた。


『少しだけ走れるようになったこと』や、『通信大学よりも普通の大学に通っていたほうが楽だ』と言う事。


そして『会社にある千歳のデスクには、ミサンガがつけられたクマのぬいぐるみが置かれている』と言う事。


ヨシ君がそれに触れそうとすると、千歳が本気で怒るようで、誰も触れられないことまでもを教えてくれた。


『あの時のお土産、まだ持ってたんだ…』


そう思うと同時に、千歳のことを愛おしく思っていたんだけど、『千歳が歩み寄ってくるまで待つ』と決めたから、口には出せないでいた。



この日から、智也君にお願いされ、時々、智也君の勤める会社で、パソコンの組み立て作業をするバイトにも行きはじめる。


智也君は違うフロアの別部署にいるため、顔を合わせることはなく、ごくたまにすれ違う程度。


桜さんは、俺の顔を見るたびに威嚇するように睨みつけ、あまりの怖さに、目を合わせることができないでいた


細かい作業にも慣れた頃には、教習所を卒業し、無事に車の免許が取れていた。


久しぶりの公式戦では、B級ライセンスを取ってから初勝利を挙げていたんだけど、それと同時にヨシ君が世界ランクに名前を載せていた。


事務所で光君に見せられた新聞には【中田英雄の息子、世界ランク入り】の文字が踊り、記事の中には、【中田義人】よりも【中田英雄】の名前のほうが多く、『どっちがランク入りした?』と聞きたくなるくらい。


それだけ注目され、期待されてるってことの表れだとは思うんだけど、記事を読めば読むほど、不思議な気分になっていた。



この頃になると、英雄さんの気分的サイクルもわかるように。


英雄さんは【寂しい】→【怒り】→【虚しい】→【怒り】→【寂しい】のサイクルで数週間を過ごしているようで、怒りのサイクルの時には、なるべく近づかないようにし、『ヨシ君と千歳』の話は、絶対にしないようにていた。


英雄さんはサイクルがあるんだけど、桜さんはずっと威嚇しっぱなし。


なるべく桜さんに会わないよう、トレーニングの時間をずらしていた。



そんなある日のこと。


事務所で吉野さんの手伝いをしていると、郵便配達のバイクが到着していた。


配達された茶封筒を受け取り、それを開けると、ボクシンググッズのカタログが入っていたんだけど、カタログの表紙には、腕を組んだヨシ君の写真。


「すっかり有名人っすねぇ」


ため息交じりに言うと、吉野さんはカタログを見るなり、困ったような声を上げた。


「英雄さんに見せるべきか悩むな…」


「確かにそうっすね… 今は虚しい時期だからいいけど、怒りになったら大変すもんねぇ…」


「せめて、カズがずっと着いてれば落ち着くんだけど、あれも警戒しまくってるしなぁ…」


「カズさんって定期的に外泊してますけど、どこに行ってるんでしょうね?」


「女のところじゃないか? あれももう30だし、そろそろ落ち着いてもいいだろ?」


「そっか… カズさんと俺、10コ違うんだっけ…」


そう言いながら、吉野さんとカタログを眺めていたんだけど、黒と赤のシューズに目が止まる。


黒いシューズには、赤いステッチが施され、赤い靴紐が目立つものだったんだけど、初めて千歳と買いに行った時のものとすごく似ていて、思わず吉野さんに切り出した。


「このシューズ、注文していいっすか?」


「ああ。 ミットと一緒に注文するよ。 この前のファイトマネーから出すか?」


「お願いします!」


胸の高鳴りを抑えきれず、思わず即答した後、カタログに載っているシューズを眺めていた。

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