第200話 タブー

期待に胸を膨らませ、帰国してきたまではいいんだけど、中田ジムに戻っても、千歳の姿はなく、カズさんに『音信不通で行方不明』と言う事だけを教えてもらっていた。


慌ててスマホを手に取り、千歳に連絡をしようとすると、カズさんに引き留められる。


「やめとけ」


「な、何でですか!?」


「平日の真昼間に連絡したところで、迷惑にしかならないだろ?」


「メールなら大丈夫っすよね!?」


「やめとけ。 疲れてるんだから、今はゆっくりしとけ」


カズさんは何かを含ませるような言い方をした後、桜さんと共に部屋から出て行ってしまった。


『なんで? なんでメールですらダメなん?』


頭の中に『なんで?』の言葉以外浮かばないまま、ベッドで横になっていた。



夕方過ぎに起こされ、カズさんと二人で居酒屋へ。


二人で飲んでいたんだけど、カズさんは千歳がいなくなった理由を教えてくれた。


「…え? リハビリ行こうとしたら英雄さんに叩かれたんですか?」


「ああ。 ちーもボソボソ言ってて何言ってるかわかんなかったし、親父も苛立ってたしで、タイミング的には最悪だったんだよ。 帰ったら『リング上がれ』って始まるだろ? けど、ちーはリングに上がれる状態じゃないし、帰るに帰れなかったんだと」


「なるほど… で、そのまま桜さんの家に行ったんですね」


「そ。 ちー、キックの大会でMVPもらったり、バイト代もほとんど手を付けてなかったから、金銭面的には問題なくて、すぐに一人暮らしをしようと思ったらしいんだよ。 けど、桜が引き留めてたから出るに出れなくて、やっと出て行ったのがつい最近。 で、桜はお前に八つ当たり」


「…そっか。 千歳との同居って、そんなに居心地がよかったんですね」


「そりゃそうだろ。 桜、掃除も料理もできないからな。 辛うじてできるのが洗濯だけ。 千歳と一緒に住んでるときは、部屋が綺麗だし、飯も作ってくれてたらしいんだけど、いなくなった途端、ヨシの部屋といい勝負になるくらいのカオスが復活したらなぁ…」


「なるほど… でも、なんで会っちゃいけないんですか?」


「時間的に無理ってだけ。 あいつ、働きながら通信大学行ってるんだよ」


「え? 大学?」


「そ。 いざ働いてみたら、知識不足が浮き彫りになって、卒業した年の秋に入学したんだよ。 桜に知られると、問答無用で反対されるから黙ってたんだと。 毎日、ヨシの家で勉強してから帰ってたんだけど、ヨシにも文句を言われるようになって、先週やっと独り立ち。 親父と桜は知らないけど、母さんは知ってるよ。 『二人に聞かれたら、連れ戻されるから絶対言うな』って口止めされてんだ」 


カズさんの話を聞き、心底ホッとしたせいか、思わず笑みがこぼれてしまった。


「…走り回ってるんすね。 千歳」


「呆れるだろ? 仕事が相当忙しいみたいで、『1日の睡眠時間が4時間あればラッキー』って状態らしい。 土日はスクーリングとレポートがあるし、それが終わったら死んだように寝てるってさ」


「カズさんは連絡取り合ってるんですか?」


「秀人さん経由でな。 最近は月1ペースで飲みに行ってるなぁ。 秀人さん、ヨシとちーが相当気に入ってるみたいで、飲みに行くと二人の話しかしねぇんだ。 そういや、今、うちのジムで『千歳』がタブーになってるから気を付けろな。 八つ当たりされるぞ」


カズさんの話を聞き、小さな寂しさがこみ上げるとともに、安心感が膨らんでいた。



早く会いたい。


声が聴きたい。


千歳に触れたい。



けど、千歳は千歳なりに頑張っているんだし、横から邪魔をするようなことはしたくない。


例えそれで、どんなに寂しい思いをしたとしても、『陰ながら応援してる』ってことになるんだったら、千歳から歩み寄ってくれるまで我慢し、自分が出来ることを熟していこう。



改めて自分の中で決意し、カズさんと飲み続けていた。

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