第197話 問題

ショーンとスパーリングを始めるようになって以降、いろいろな人からスパーリングの誘いがあり、片っ端から引き受けていたんだけど、まったくと言っていいほどダウンを奪うことができず。


『何が問題なんだろうなぁ…』


そう思いながら帰宅後は夕食を作り、寝る前にはボクシングのDVDを見ながら、英雄さんから預かったグローブの手入れをするように。


あまりにも勝てないことに、千歳を恋しく思い、メールを送ったりもしていたんだけど、千歳からの返信はなく、ため息ばかりが零れ落ちていた。



時々、弘人に英語や料理を教わり、半年が過ぎた頃になると、英語に耳が慣れたのか、なんとなく会話がわかるようになり、少しずつ会話ができるようになっていた。



そんなある日のこと。


ジムで英雄さんのポスターを眺めていると、ショーンが切り出してきた。


「奏介、ミサンガ切れてる」


ふと足元を見ると、千歳が手作りしてくれたミサンガが、足元で力なく落ちていた。


それを拾い、ポケットに入れようとすると、ショーンが慌てたように切り出してきた。


「切れたミサンガはすぐ捨てろ!」


「なんで?」


「そうしないと願い事がかなわないんだよ」


「けどさ、これ、日本の彼女が作ってくれたんだよね」


「彼女? 居るのか?」


「ああ。 この子」


そう言いながらポスターに写っている幼いころの千歳を指さすと、ショーンは驚くような声を上げた。


「英雄の娘?」


「うん。 娘の千歳。 俺と同い年」


「そうか。 ミサンガ、ちゃんと捨てろよ。 彼女の願い事が叶わなくなるぞ」


ショーンははっきりと言い切った後、リングに上がっていた。


切れたミサンガを、後ろ髪を引かれる思いでゴミ箱に入れると、ショーンはリングに上がるよう促してきた。


リングに上がった後、スパーが開始され、ショーンの重いジャブを受け続けていた。


『ジャブっていうよりストレート並みの威力があるよな…』


そんな風に思いながら、スパーリングをし続けてはボコボコにされ、倒されまくっていた。



料理の腕も上達してきたんだけど、時々、失敗しては吐き出しそうになっていたんだけど、親父は何も言わず、苦い顔をしながら食べ続けていた。


『これも親孝行になるのかな? ある意味罰ゲームだよな…』


そんな風に思いながら夕食を取り終え、英雄さんの家にいるときから日課となっていた食器洗いを続けていた。



毎日トレーニングを繰り返し、時々、庭にあるプールで水中トレーニングをしてみたり、雨の日にはでかいタープテントを設置し、その下で縄跳びをしてみたりと、とにかくトレーニングばかりをし続けていた。


留学から1年経つと、他のメンバーからはダウンを奪えるようになったけど、相変わらずショーンからはダウンを奪えず。


ショーンが紹介してくれたプロモーターと契約したおかげで、試合にも出れるようになったんだけど、ファイトマネーのほとんどが、契約料で消えてしまい、手元に残るのはほとんどない状態。


この頃になると、『千歳に会いたい』と思うことよりも、『ショーンからダウンを奪いたい』という気持ちのほうが大きくなっていた。



海外生活を始めてから1年半が過ぎたころ。


この頃になると、ジムに通う面々と英語で冗談を交えた会話ができるようになり、料理の失敗も少なくなっていた。


それと同時に、リングに上がると相手のこと以外は見えなくなり、自然と集中するように。


ショーンとリングに上がり、スパーをしていたんだけど、相変わらず、どんなに打ち込んでもショーンは倒れないまま、時間を迎えていた。



帰宅後、スマホを弄りながら、『ダウンを奪う方法』を考えていると、英雄さんと秀人さんの映像が画面から流れ始める。


『このスパー、興奮したなぁ…』


懐かしむように液晶を眺めていると、ふと千歳の言っていた言葉が頭を過った。


【ノーモーションも出来てなかった。 もっと足を使いなさい】


【体勢を低くさせて、左ハイキックの射程範囲内に来たら打つって決めてただけ】



確かに、ショーンと俺とじゃリーチの差もあるし、射程範囲が違うから、ついボディばかりを狙ってた。


『もっと足を使って、体勢を低くさせた隙に、ノーモーションの左ストレートで顎先を打ったらいけるんじゃね? 腹は急所が見えないから数ミリずれると効かないけど、顎なら効くだろ』


そんな風に思いながら、翌日が来るのを待ちわびていた。

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