第193話 出発

家を飛び出した後、運転席で待つ英雄さんの車に乗り込み、じっと涙をこらえていた。


英雄さんは何も言わずに車を出し、黙ったまま空港へ。


空港に着き、お礼を言おうとすると、英雄さんはさっさと車を降りてしまう。


不思議に思いながら車を降りると、英雄さんはトランクから紙袋を手渡してきた。


「貸すだけだからな? 戻ったら返せよ?」


不思議に思いながら袋の中を見ると、中には青いグローブが入っていた。


「え? これって…」


「俺が世界戦で初勝利した時のグローブだ」


「え? あの時のですか?」


「親父さんから聞いたけど、お前、あの試合見に来てたんだってな? 相当古いから使えないけど、ちゃんと毎日手入れして、戻ったら返せよ? 俺の宝物だからな」


「ありがとうございます! 必ずお返しします!!」


はっきりそう言い切った後、英雄さんは寂しそうな笑みを浮かべ、俺の肩をポンポンっと叩いてきた。


少し話した後、親父との待ち合わせ場所に行くと、親父の隣にはなぜかヨシ君が座っている。


ヨシ君は俺を見るなり立ち上がり、ボディに1発。


瞬時に腹筋に力を込めたせいか、効くことはなかったんだけど、ヨシ君は嬉しそうに笑いかけてきた。


「B級取れたんだってな?」


「はい。 取れました!」


「俺、A級取ったぞ」


「え? マジで?」


「ああ。 昨日結果来た。 先にベルト巻いて待ってるから、早く世界ランクに入ってこい。 世界ランクに入ったら、真っ先に指名してやる」


「上等じゃないっすか。 そのベルト、俺が取ってやりますよ」


「ま、その前にA級だな! せいぜい頑張れよ!」


ヨシ君はそう言った後、親父に挨拶をし、どこかに行こうとしている。


「また先回りっすか?」


「俺は社会人で忙しいんだよ! 用事があったついでに来ただけ。 じゃな」


ヨシ君はそう言った後、人の波に飲まれてしまい、姿を見つけることができなかった。



親父の隣に座り、少し話した後、搭乗ゲートに入る。


搭乗ゲートで出発を待っていると、親父の携帯が鳴り、席を離れている間、千歳に素直な気持ちをラインで送っていた。


【好き 愛してる 指輪買いに行こう ベルト取る】


千歳からの返事はなく、そのまま飛行機に乗り込んでしまい、返信を読むことなく、電源を切っていた。



飛行機の中では映画が上映されていたんだけど、その映画は千歳と初めて二人で見た映画だった。


ボーっとしながら映画を見ていたんだけど、映画の内容よりも、映画を見た後に二人で話したことや、スポーツショップに行った時のことが頭を過る。



もっと二人で出かければ良かった…


もっと二人でいれば良かった…


もっと唇を重ねればよかった…


もっと体を重ねればよかった…


もっと好きって伝えればよかった…


あの試合に出ることを、引き止めればよかった…



頭の中に浮かぶのは、後悔に似た言葉ばかり。


千歳のことばかりを考えたまま時間が過ぎ、結局一睡もできないまま、現地に到着していた。


タクシーで親父の住んでいる家に向かい、自分の部屋に入った後、ベッドで横になりながらスマホの電源を入れた。


wi-fiにつないだ後、ラインをチェックすると、千歳からメッセージが来ていた。


≪ずっと愛してる≫


初めて千歳から言われた言葉に、視界がゆがんでいく。


『あのバカ、遅過ぎんだよ。 もっと早く、直接顔見て言えっつーの!』


初めて伝えられた言葉に、腕を目元に押し付け、唇を噛みしめることしかできなかった。

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