第194話 行方不明

「カズ、今日仕事か?」


朝から覇気のない声で親父に言われ、黙ったまま頷く。


昨日、奏介が海外に発ってから、千歳は食事も入浴もせず、部屋から出てこないから、心配してるのはわかるんだけど…


唯一、楽しそうに親父の相手をしていた奏介までもが居なくなってしまったから、心配する気持ちが落ち込みに変わっているようで、顔を合わせてはため息ばかりをつかれていた。


親父がどんな行動をしようが俺には関係ないんだけど、こうも露骨に落ち込まれると、うんざりする気持ちのほうが大きい。


黙ったまま朝食を食べていると、2階から物音が聞こえ、千歳はまっすぐ玄関に向かっていた。


「ちー、どこ行くんだよ?」


親父は慌てたように声をかけたけど、千歳は黙ったままシューズの紐を結びなおすだけ。


「聞いてんだろ? 返事しろ」


親父は露骨に苛立った声を上げると、千歳はボソッと何かを言うだけで、もう片方の靴紐を直していた。


「ちー! どこに行くかって聞いてんだろ!!」


「うっさいなぁ! どこだっていいでしょ!!」


千歳が怒鳴り返した瞬間、親父の平手が千歳の頬を振りぬき、『パーン』という高音を響かせていた。


「甘ったれんじゃねぇ!!」


親父の怒鳴り声と同時に、千歳は玄関を飛び出してしまい、呆れて何も言えなくなっていた。


母さんは慌てて千歳を追いかけようとしたけど、親父はそれを引き留めている。


『俺知~らね』


朝食をさっさと済ませ、自室に戻っていた。


仕事の準備をした後、すぐに家を後にし、バイクで職場まで。


普段と変わらない1日を過ごした後、家に帰ると、母さんが慌てた様子で玄関に飛び出してきた。


「ちーは?」


「は? 知らないけど?」


「えー… あの子、あれから帰ってないのよ。 どこ行ってるのかしら…」


母さんが心配する声を上げると、奥から親父の怒鳴り声が響き渡る。


「放っておけ!!」


『はぁ? 八つ当たりかよ… いい年して子供なんだから…』


完全に呆れ返り、その場で桜に電話をした。


桜に千歳のことを聞くと、桜は急に声のトーンを落とし、切り出してきた。


「うちにいるよ。 千歳、リハビリに行こうとしたら、いきなり引っぱたかれたんだって」


「ああ… ボソッと何か言ってたのって、リハビリだったんだな。 つーか今そこにいるのか?」


「千歳は中にいるけど、私今ベランダよ?」


『そこまで細かいことは聞いてない』


そう思いながら、走って桜の家に向かっていた。



桜に促され、近くにある公園のベンチに座り、缶ビールを飲みながら桜に切り出した。


「ちーが行方不明になったのっていつ知った?」


「夕方かな? おばさんから電話が来て、『千歳が出て行った』って聞いてさぁ… 仕事終わって探しに行ったらすぐに見つけたから、英雄さんにも電話したんだよ?」


「あいつどこに居た?」


「奏介の家」


「奏介の家って、あのアパート?」


「そそ。 リハビリ終わっても帰りたくなくて、ずっとそこに座ってたみたい」


「え? だってあいつ『アパート解約する』って言ってたぞ?」


「会いたかったんじゃないの? あの二人、付き合ってたから」


「え? マジで?」


「鈍感。 毎日会ってるんだし、一緒に住んでたんだから普通気づくでしょ?」


桜の言葉に何も言えず、ビールを飲んでいた。


桜は呆れ返ったようにビールを一口飲み、真剣な表情を浮かべ始める。


「カズ兄にお願いあるんだけどさ、千歳の荷物、持ってきてやってくれないかな? 着替えと、就職先に出す書類が無いんだって」


「帰ってくればよくね?」


「帰れると思う? 『リング上がれ』って言われても上がれないんだよ? また叩かれて家出するのが目に見えてるじゃん」


桜の言葉に妙に納得をしながら、ビールを飲み続けていた。

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