第192話 卒業

テスト期間を終えた後、またしても英雄さんの家に下宿を開始し、千歳も自宅に戻るように。


毎日、朝からロードワークをしてはジムの手伝いをし、トレーニングに励む日々。


みんなが寝静まったころになると、こっそり千歳の部屋に行き、千歳を抱きしめながら眠りについていた。


千歳の膝はだいぶ直ってきたようで、普通の速度で歩けるようになり、リハビリも週に1度に変わっていた。


毎朝、千歳のキスで目が覚め、幸せな気持ちを噛みしめながら1日がスタートしていた。



ある日の夜。


夕食時に英雄さんが切り出してきた。


「奏介、空港まで俺が送ってやるから、卒業式の日はうちから行け」


覇気のない声で言われ、返事をした後、食器洗いを済ませ、千歳の部屋に行き、千歳に切り出した。


「見送り、来ないでほしいんだ。 膝の調子が悪くなったら嫌だし、カッコ悪いこと見せたくないからさ」


「わかった」


千歳はそれ以上の言葉は言わず、黙って俺の手を握りしめていた。



出発の日が近づくたびに、お互い口数が減ってしまい、前日になると言葉を交わさなくなっていたんだけど、深夜になると、お互いの存在を確かめるように、ずっと抱きしめあっていた。



卒業式当日。


朝から千歳と手を繋ぎ、土手に向かって歩いていた。


ロードワークで走っていた道を逆方向から歩き、短い距離を二人で手を繋いで歩いていた。


朝日が昇る前の薄明りの中を、並んで歩き、徐々に明るくなっていく空を見上げる。


真っ黒だった空は、少しずつ青みを増し、白い境界線を作りながら、オレンジ色に変わっていく。


時々、桜の花びらが舞い散る中、空を見ながら小さく呟いた。


「…いい天気になりそうだな」


「ねぇ…」


「ん?」 


「ベルト、見せてね」


千歳の言葉を聞いた途端、強く抱きしめた。


「絶対見せるよ。 約束する」


はっきりそう言い切った後、どちらからともなく優しく唇を重ねていた。



英雄さんが千歳をおじいちゃんの家まで送り、バスには乗らず、二人肩を並べて学校へ。


毎日、当たり前のように歩いていた道を歩いていると、過去のことが次々に頭に浮かんでくる。



広瀬ジムで起きたことや、千歳の後姿を見つけるなり駆け寄り、ぴったりと隣に寄り添った事。


ボロボロになった顔を黙ったまま見せたことや、千歳と千尋を間違えて千歳に殴られた事。


春香に騙され続け、カズさんのおかげで発覚したことや、二人で春香から逃げ出した事。


ずっと『違う』と思っていたのに、後姿を見るだけでかなりムカついていたのに、隣にぴったりと寄り添うと、なぜか安心しきっていた事までもが、走馬灯のように頭を過る。



いつもは学校につくと、玄関で自然と離れていたんだけど、この日だけはずっと手を離さず、教室につくまでずっと手を握っていた。



卒業式を終えた後も、黙ったまま手を繋ぎ歩いて帰る。


何かを話すと、『行きたくない』って言ってしまいそうだから、ずっと黙ったまま歩いていた。


1時間以上も黙ったまま歩き、自宅に近づくと、英雄さんが自宅の前に車を停めて待っていた。


「時間無いから早くしろ」


「うす」


覇気のない声でそう言われ、短く返事をした後に部屋の中へ駆け込んだ。


私服に着替え、荷物を持って廊下に出ると、千歳の部屋のドアが閉まりそうになっていた。


荷物を置いて千歳の部屋に入ると、千歳は俯いたままこっちを見ようとしない。


黙ったままそっと千歳を抱きしめ、耳元で囁くように告げた。


「…ずっと愛してる」


千歳は俺を抱きしめ返し、長いキスをし続けていた。


『行きたくない。 ずっと千歳の傍にいたい』


言葉が出ないように唇を重ね、ゆっくりと唇を離した。


「ベルト取れるようになってくるから、指輪、絶対に行こうな」


小声で言った後、拳を握り締めながら千歳の腕から離れ、部屋を後にした。


荷物を持って階段を降りると、お母さんとカズさんが切り出してくる。


「体には気を付けてね」


「いろいろありがとうございました」


「奏介、戻ったら二十歳だろ? 飲みに行こうぜ」


「その時はおごってくださいね」


冗談を言い合うようにカズさんと話した後、千歳に聞こえるように大声で告げた。


「お世話になりました!!」


直角にお辞儀をした後、涙を振り切るように玄関を飛び出した。


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