第189話 後夜祭

千歳が制服に着替えた後、お互いのブースに戻っていたんだけど、しばらく接客をしていると、薫が切り出してきた。


「奏介君、回ってきていいよ」


すぐに千歳の元に行くと、バックヤードで飲み物を作っていた千歳に、岡田が声をかけ、二人でゆっくりと歩き、他のブースを見て回っていた。


「そういや、最近どっか行ってないな…」


「お互いトレーニングとリハビリで忙しいし、仕方なくない?」


「落ち着いたら映画行こうか? 映画なら歩き回らないし、行けそうじゃね?」


千歳は嬉しそうな表情で頷き、ジャケットの裾をギュッと握りしめてきた。


その後もゆっくりと歩きながらブースを見て回り、階段を上るときに手を差し伸べていると、階段の踊り場で陸人と千夏ちゃんに会った。


二人は微妙な距離を保ちながら、恥ずかしそうに並んで階段を下りていたんだけど、俺と千歳を見るなり、二人は慌てたように駆け寄り、陸人が切り出してきた。


「千歳さん、膝、大丈夫ですか!?」


「ああ。 奏介がゆっくり歩いてくれてるし、階段の時には手を貸してくれるからね」


千歳がそう言いかけると、背後から駆け寄る足音と徹の声が聞こえてきた。


「あれ? メイド服は?」


徹の言葉を聞くなり、千歳はイラっとした表情を浮かべ、吐き捨てるように聞いていた。


「は? その前に言うことあるんじゃないの?」


「何のこと? あ、もしかして告られたい系?」


「ふざけてる? 誰のせいで膝擦りむいたと思ってんの?」


「自分のせいだろ? 俺には関係ないし」


あまりにも無責任な発言にブチっと来てしまい、思わず胸倉をつかもうとすると、陸人が慌てて俺の前に立ち、俺のことを抑え始める。


それと同時に、千夏ちゃんが徹の前に立ち、パーンと言う音を立てながら、徹の頬を振りぬいた。


「あなたが引っ張ったからです! あなたが強引に千歳さんの腕を引っ張ったから、転んでも引きずったから、擦りむいたんです!!」


泣きながら怒鳴りつける千夏ちゃんを見ていると、怒りをどこにぶつけていいのかわからず…


『えっとさ… 俺の立場…』


3人で呆然としていると、徹はいきなり泣き出しながら叫び始めた。


「俺だって千歳ちゃんが好きだったんだよぉ!」


「は?」


「俺だって千歳ちゃんが好きなのに… 奏介が『千歳に近づくな』って脅すし… ああでもしないどふだりになでないだど!!!」


『うわキモっ! 何言ってるかわかんないし、マジキモイんすけど…』


目の前で号泣する徹に、ドン引きすることしかできず、黙ったままその場を後にしていた。




後夜祭の時には、二人でライブを見に行ったんだけど、目の前には陸人と千夏ちゃんの姿が。


すぐに陸人のもとへ行き、陸人に『ジンクス』のことを聞くと、陸人は顔を真っ赤にしながら小声で答えてきた。


「知ってます。 …手も握れてないけど、頑張ります」


『こいつ、本当に大丈夫なのか?』


不安に戻りながら千歳の元に戻り、陸人から聞いたことを告げると、千歳は不安そうな表情をするばかり。


千歳の腰に手を当て、話をしていると、アップテンポの曲が始まっていた。


アップテンポの曲を2曲終えた後、バラードの曲が始まったんだけど、雰囲気にのまれるように、曲の途中から千歳のこめかみに唇を落とし、振り返った陸人はそれを見るなり、視線をそらし、明後日の方向を眺めていた。


シンバルの音と同時に照明が落とされ、真っ暗になると同時に、どちらからともなく唇を重ねる。


抱き合いながら唇を重ね、室内がゆっくりと明るくなると同時に唇を離し、ふと見ると陸人と千夏ちゃんは向かい合い、こちらを見て固まっていた。


千歳はそれを見て、抱き着きながら耳元に顔を近づけ、囁くように告げてくる。


「陸人に見られた」


「本音は羨ましいんだよ。 照れて何もできないだけでさ」


千歳はクスッと笑った後、ゆっくりと抱き着いた手を放し、俺の手を握り締めてくる。


千歳の気持ちに応えるように、手を握り返し、ゆっくりと学校を後にしていた。

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