第190話 朝日
文化祭を終えた数週間後、新人王戦があり、日々の努力が実を結んだのか、優勝することができていた。
間髪入れずに受けたB級ライセンスのテストでは、何度か注意を受けたせいで、てっきり『落ちた』と思っていたけど、翌日に表示された結果ではまさかの合格。
千歳やジムのみんなは、B級ライセンス取得を喜び、お祝いをしてくれていた。
数日後。
千歳は膝が動かなくなってしまい、半月板の緊急手術を行い、3日間の入院後、松葉杖生活が開始。
毎日トレーニングがてらお見舞いに行き、様子を見に行っていたんだけど、千歳は無理に元気なふりをし続けていた。
千歳はテスト直前に入院をしてしまったせいで、テスト休み中は補習ばかり。
英雄さんが学校まで送り迎えをしていたんだけど、あまりにも心配で仕方なく、一緒に学校に行っては部室の掃除をし続けていた。
瞬く間に月日が過ぎてしまい、あっという間にクリスマスを迎えていた。
クリスマス当日には、二人で映画に行った後、買い物へ。
千歳からは、俺が欲しがっていたグローブとマフラータオルをプレゼントされ、俺からはピンキーリングとネックレスをプレゼントすると、千歳はピンキーリングをネックレスに通し、すぐに着けていた。
「指輪、つけないの?」
「何かの拍子に外れて無くしたら嫌だし、首に着けてるのが一番いいじゃん。 ここなら絶対無くさないし」
千歳はそう言いながら、嬉しそうにピンキーリングに触れていた。
冬休みに入ると同時に、英雄さんが親父に頼み込み、下宿が再開。
千歳も自宅に戻ってきたんだけど、ジムの手伝いと自分のトレーニングがあるせいで、二人でずっと一緒にいることは叶わなかった。
そんなある日のこと。
英雄さんが前夜に飲みすぎたため、少し遅い時間に一人で朝のロードワークに出ていた。
ゆっくりと朝日が昇る中、土手沿いを走っていると、土手に座り、朝日を眺めている千歳の姿が視界に飛び込んだ。
「千歳?」
息を切らせながら駆け寄ると、千歳はこっちを向いた後ににっこりと微笑んでくる。
「こんなとこで何してんの?」
「朝日、見たくなった」
「朝日? ああ、ここの景色、綺麗だもんな」
そう言いながら隣に座ると、千歳は俺の顔をマジマジと見てくる。
「…何?」
「奏介って、朝日に似てるよね」
「え? 俺が?」
「うん。 夢に向かって必死に頑張ってるから、すごいキラキラして見える」
千歳に言われ、朝日のほうに視線を向けると、ゆっくりと朝日が昇ると同時に、朝日が水面に反射して、キラキラと光の粒を放ちながら、朝日の中に溶け込んでいた。
眩しそうに朝日を眺める千歳の横顔は、今までにないくらいにキラキラと輝いて見え、千歳の手を握りながら切り出した。
「指輪、買いに行こう」
「この前買ってもらったよ?」
「そっちじゃねぇよ。 愛してるの上」
「わかりにくいよ」
「じゃあベルト取ってくるにする?」
「もっとわかりにくいけど、そっちのほうが嬉しい」
千歳は無邪気な笑顔でそう言い切る。
『行きたくない…』
気持ちを抑えきれずに千歳の手を握り締めると、千歳が笑いながら切り出してきた。
「『行きたくない』って言っちゃだめだよ?」
「なんで?」
「弱音を吐くのは奏介らしくないから。 絶対に言っちゃだめ」
はっきりとそう言い切る千歳の笑顔は、朝日に照らされ、寂しそうに輝いて見えていた。
しばらく黙ったまま朝日と千歳の横顔を眺め、千歳に切り出した。
「向こうの朝日も、ここと同じくらいキラキラしてるかな?」
「どうだろう… でも、同じものを見てるはずだよ。 太陽はベルトと一緒で1個しかないし。 時差があるから時間は違うだろうけど、見てるものは同じ」
「確かにそうだな。 あ、そうだ。 リストバンド、交換しない?」
「リストバンド?」
「千歳がいつもしてた赤いリストバンドあるじゃん? あれ交換して、2年後に会ったらお互い返そう。 朝日が見れないとき用に持ってたい」
「うん。 わかった。 帰ったら渡すね」
「…あとさ、どうしてもお願いっていうか頼みなんだけど、もし、他に好きなやつができたらすぐメールして。 2年って長いし、途中で帰ってこないから、『絶対に待ってろ』とは言えないからさ。 その時はリストバンド捨てていいから」
「何言ってんの? それはこっちのセリフだよ。 向こうの方が綺麗な人いっぱいいるし、誘惑も多いでしょ?」
「俺は平気だよ。 千歳以外興味ないし」
「私だって同じだよ。 奏介以外興味ないし…」
朝日に照らされ、優しい空気に包まれる中、お互いで笑いあっていた。
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