第181話 優しさ

英雄さんから『甘えを捨てろ』と言われた後、結局アパートに残ったままで考え込んでいた。



答えが出ないまま朝を迎え、トレーニングを終えた後、制服に身を包み、千歳のおじいちゃんの家へ。


おじいちゃんの家に近づくと、膝にごついサポーターをつけ、ゆっくりと歩く千歳の後ろ姿が視界に飛び込み、慌てて千歳に駆け寄り切り出した。


「バス通学だっけ?」


「うん。 奏介はダッシュ?」


「いや、俺もバスに戻すよ。 心配だしさ」


「珍しく優しいじゃん」


「千歳にはいつも優しいっつーの」


「嘘だぁ」


冗談を言い合いながら笑い合い、肩を並べてバス停に向かっていたんだけど、時々、英雄さんに言われた言葉が頭をよぎる。


≪甘えるな≫


『甘えるなって言われてもさぁ… どうしたらいいんだろうなぁ』


そんなことを考えながらバスに揺られ、学校に向かっていた。



学校に着くと、クラス分けが記載された張り紙がしてあり、千歳と薫が同じクラスになっていることを確認。


千歳と二人で新しい教室に着くなり、千歳は女子陸上部の面々に囲まれていた。


「千歳!? その足どうしたの!?」


「靭帯やっちゃった」


「え!? マジで!? 完治っていつ頃?」


「…もう走れないって」


千歳は言いにくそうに言い切り、自分の席に座っていた。


『8か月すればスポーツ復帰できるはずだよな? なんでそんな嘘ついた? うまくいけば、秋の大会には出れるはずなのに…』


不思議に思いながら自分の席に座り、新しくボクシング部の部長になった薫と話していた。



放課後。


バスを降りた後、疑問に思っていたことを千歳にぶつけると、千歳は言いにくそうに答えていた。


「確かに『8か月後にはスポーツ復帰できる』って言われたけど、下手なこと言って期待させたくないんだよね。 今まで散々走りこんで、筋肉も体力もついてたけど、それが8か月の間にリセットされちゃうじゃん。 秋季大会に出ても、無残な結果で終わるだけだし、変に期待させる方が残酷かなって。 だったら『走れない』って言い切った方がいいなって思ったんだよね」


「優しいんだな」


「そんなことないよ。 みんな、私に甘えてたし、ああでも言わないと、諦めがつかないでしょ?」


「甘えか… 俺も千歳に甘えてたのかなぁ」


「どうだろうね。 もし、奏介が私の怪我のせいで海外に行くことを躊躇ってたら、足がもぎ取れるまで蹴り飛ばすよ」


「なんで?」


「だってそうじゃん。 中途半端で諦めるなんて奏介らしくないし、そんなの奏介じゃないもん。 一度決めたことは、何があっても全力で突き進むのが奏介でしょ? 中途半端で諦めるのは奏介じゃないよ」


はっきりと、自信満々で言い切る千歳に、胸の奥が締め付けられっぱなし。


突き放すようなことばかりを言っているけど、その言葉の中には、千歳の不器用な優しさを感じ、今すぐ抱きしめたい気持ちに襲われていた。


「なぁ、千歳が欲しくてたまんないんだけど、今すぐうち来ない? って、親父がいるのか…」


「よし! それは諦めろ!」


「中途半端で諦めるのは俺じゃないんだろ?」


「それとこれとは別! ジム行って発散してこい!」


千歳は笑い飛ばすように言い放ち、冗談を言い合いながらゆっくりと歩き続けている中、改めて海外に行くことを決めていた。



千歳を送った後、家に帰ると親父が昼食を作っている。


黙ったままトレーニングウェアに着替え、昼食を食べ始めると、親父が切り出してきた。


「千歳さん、どうだった?」


「ゆっくりだけど普通に歩いてたよ。 階段は辛そうだったけどな。 あ、俺、海外行くわ。 改めて決心着いた」


「そうか。 手続き進めたら後戻りはできないぞ」


「いいよ。 中途半端なのは俺らしくないし、今度こそ、本気で決心着いた」


「千歳さんに言われたのか?」


「ああ。 さっき言われた」


「優しいな」


「ああ。 あいつは誰よりも厳しくて優しいよ。 英雄さんそっくり」


そう言いながら昼食を取り終え、少し休憩した後にジムに向かっていた。

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