第182話 相談
ジムに行き、英雄さんに改めて自分の決意を報告した後、ロードワークに出ていた。
音楽を聴きながら土手沿いを走り続け、千歳の入院していた病院を通り過ぎると、陸人と学が向かいから駆け寄り、ワイヤレスイヤホンの片耳を外した。
「奏介さん! ロードワークっすか!?」
陸人は息を切らせているのを誤魔化しているのか、やたらとでかい声で聞いてくる。
「おう」
「じゃ、また後で!!」
二人の横を通り過ぎた後、踵を返し二人を見ると、なぜか千歳と走っている自分の後ろ姿が目に浮かんだ。
少し寂しい気持ちのままジムに駆け込み、準備をした後にサンドバックを殴る。
一通りのトレーニングを終えた後、更衣室に行こうとすると、英雄さんが切り出してきた。
「ちー、大丈夫だったか?」
「はい。 ゆっくりですけど、自分のペースで歩いてましたよ」
「そうか。 親父さん、いつ海外飛ぶんだ?」
「さぁ? 何でですか?」
「親父さんが飛んだらうちに下宿しろ」
英雄さんはなぜか胸を張って言い切る。
『朝のロードワーク行けなくなって、寂しいんだろうなぁ…』
そんなことは言えないまま、少し話した後アパートに戻っていた。
初のプロ公式戦に向け、部活やジムでトレーニングを続け、海外に行く手続きも徐々に始めるように。
海外に行く期間は、親父の長期出張期間に合わせて2年。
途中、一時帰国することも考えたんだけど、帰国すると再度行くことが辛くなってしまいそうで、『行きっぱなしのほうがいい』と考えていた。
千歳や英雄さんにその事を言うと、二人とも俺の考えに同意しかしなかった。
千歳はリハビリに通い始め、テスト前には千歳は普通に歩けるようになったんだけど、足を曲げる動作が辛いようで、座るときは右足を放り投げて座り、千歳が階段を上るときには、真後ろで冷や冷やし続けていた。
テスト前に二人で勉強をしていると、千歳が思い出したように切り出してきた。
「あ! テスト終わったら試合じゃなかった?」
「ああ。 そうだよ」
「じゃあさ、試合終わったら映画行こ」
「映画? 見たい映画でもあんの?」
「ううん。 千夏ちゃんが陸人と付き合い始めたんだって。 二人で出かけるのは緊張するから、一緒に行ってほしいって言われたんだよね」
「えー… 俺二人がいいんだけど…」
「なんで?」
「だって、ずっと我慢してんだぜ? そりゃ二人になりたいだろ? 今すぐしてもいいなら良いけどさぁ…」
「ダメ。 試合前だしテスト前。 プロなんだから自覚しろ」
「ったく… 試合となると更に厳しくなるんだもんなぁ…」
千歳はいたずらっ子ような笑顔で笑いかけ、その笑顔を見ていると『仕方ないか』という気持ちにさせてくれた。
帰り際、おじいちゃんの家まで送ると、千歳はカバンから黒いタオル地のリストバンドと、赤い靴紐を差し出してくる。
「リハビリ行ったときに見つけたんだ。 これならトレーニングの時に着けててもおかしくないし、色違いで同じやつ買っちゃった。 吸汗性も良かったよ。 靴紐はおまけ」
リストバンドを受け取り、すぐに嵌めてみると、千歳は嬉しそうに笑いかけてきた。
「今度映画行ったとき、ついでに買い物行こうぜ。 俺、貰いっぱなしだからお返ししたい」
「気にしなくていいよ。 頑張ってるご褒美だから。 じゃね」
千歳はそう言った後、おじいちゃんの家に入ってしまい、一人嬉しさを噛み締めていた。
数週間後に行われた公式戦では、千歳からもらった靴紐に変えていた。
会場に入ってすぐ、英雄さんから『優勝候補』と言われた選手は、まさかの初戦敗北。
その後も、強そうな相手がどんどん負けていく中、俺は順調に勝ち進み、決勝戦では難なく優勝。
階級を下げた凌も、順調に勝ち進んでいたんだけど、準決勝でなぜか急に動揺し始め敗北していた。
帰り道、英雄さんの運転する車に揺られながら、がっかりと肩を落とす凌に切り出した。
「なんか途中ですげー動揺してなかった?」
「…お守り忘れたの思い出した」
「お守り? お守りってあの黒いリストバンド?」
「そそ。 あれを試合直前にカバンのポケットに入れとくと、勝てるってジンクスがあるんだよ。 勝った後に気づけば優勝できたのになぁ… 奏介もなんかあるだろ? お守り的なの」
「靴紐かな? 今のシューズに着けてるやつ」
「靴紐かぁ… 俺もお守り変えようかなぁ」
不貞腐れる凌と、満足そうな笑顔で運転する英雄さんの3人で、話しながらジムに戻っていた。
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