第162話 大会

第1試合直前、リングの上に立つと、向かいで睨みつけてくる松坂を見て、ふとあることに気が付いた。


『あ、そういやトーナメント表覚えてないや。 第1試合って達樹だったっけ?』


そう思いながらリング中央へ行き、試合開始のゴングが響いていたんだけど、あれだけ勝てなかった達樹のパンチは、当時、思っていた以上に遅く、ガードで食らったとしても弱弱しく感じる。


『え? 達樹ってこんな弱かったっけ? こんな奴に負けっぱなしだったの?』


疑問に感じるくらいに弱いパンチを弾くと、達樹は右腕を引っ張られるように振りかぶり、ノーガードの状態に。


『楽勝!』


右ストレートを叩きこむと、達樹は『お見事』と言いたくなるくらいに綺麗にパンチを食らい、ダウンしたまま立ち上がることはなかった。


息を切らせることもないままに、第1試合を終えたんだけど、飲み物を買ってき忘れたことを思い出し、畠山君に切り出した。


「ちょい飲み物買ってくるわ」


「ついでに俺のも」


畠山君から金を受け取り、ロビーにある自販機コーナーに向かう。


スポーツドリンクを買おうとしていると、駆け寄る足音が聞こえ、後ろを見ると千歳が立っていた。


「あれ? 部活は?」


「これからだよ。 父さんには内緒ね」


「話しても大丈夫じゃね? ボクシング部のマネージャーなんだし」


「どうだろ? 無許可で電車も乗っちゃったし、一応ね? 試合はまだ?」


「勝ったよ。 達樹に楽勝だった」


「そのまま全力で突っ走れ!」


千歳はそう言いながら、右手で拳を作り、俺の前に差し出してくる。


笑いながら拳を合わせ、千歳に切り出した。


「明日の夜、暇?」


「明日? 多分平気」


「んじゃさ、ちょっとだけ出てきてよ。 話したいことがあるからさ」


「勝ったらね?」


「絶対勝つよ。 負ける気がしないし」


「期待してる」


千歳は屈託のない笑顔でそう言い切ると、時計を見るなり慌てたように走り出した。


『また走ってる。 あいつ、いつも走ってるよなぁ…』


試合前よりもリラックスしながらベンチに戻り、自分の試合を待ち続けていた。



第2試合、第3試合の準決勝を難なく勝ち進み、決勝の相手は予想通りの凌。


凌はリングに上がると、右腕を突き出し、それに応えるように右腕を突き出した。


そのまま凌と目を合わせていたんだけど、お互い全く同じタイミングで噴き出してしまう。


セコンドにいた谷垣さんは、それを見て、呆れたように切り出してきた。


「お前らなぁ… 睨み合えよ…」


谷垣さんに返事をしないまま、マウスピースを口に含み、リング中央へ。


試合開始のゴングが響いた瞬間、凌は一気に間合いを詰め、ラッシュをしかけ始める。


『うお! マジか!!』


意表を突かれる攻撃に、かなり驚いていたんだけど、致命的になりそうな攻撃はすべてガードしつくしていた。


1ラウンド2分の計3ラウンドだから、積極的に攻撃をしないと、判定負けをしてしまうため、殴り返そうと思ったんだけど、その隙を与えてくれない。


パンチを繰り出し続ける凌に詰め寄り、クリンチすると、凌は驚いた表情をし始める。


その後、試合が再開されたんだけど、一気に間合いを詰めてラッシュを繰り出し、今度は反撃の体制に。


凌も致命的になりそうな攻撃はすべてガードしつくし、そのままゴングが鳴り響いていた。


コーナーポストに行き、椅子に座ると、畠山君は呆れたように切り出してくる。


「ハイレベルすぎ。 お前ら何なの? ホント、嫌になるわぁ」


思わず笑いがこみ上げてしまい、凌を見ると、凌は親指を立ててくる。


『あのやろ… 何がグーだ。 挑発しやがって…』


軽くイラっとしながらリング中央へ行き、第2ラウンド開始のゴングが鳴り響いていた。


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