第161話 左
新学期が始まり、ロードワークの後に学校に行く日々が始まったんだけど、千歳のじいちゃんの家の前を通ると、千歳は周囲を気にするように辺りを見回しながら歩いている。
不思議に思いながら千歳に駆け寄ると、千歳は急にしゃがみ込み、車の下を覗き込んでいた。
「…何してんの?」
思わず声をかけると、千歳はしゃがみ込んだまま俺の顔を見上げ、笑顔で切り出す。
「いた!」
「いた? 何が?」
「奏介。 遅いから先に行っちゃったのかと思った」
「俺、車の下に入んねぇよ?」
「隠れてるのかと思ったの!」
千歳は笑いながら歩きだし、すぐ隣をぴったりと寄り添うように歩いていた。
千歳が左側にいるってだけで、不思議と気持ちが落ち着いていたんだけど、肝心なことは言えてない。
何度か唇を重ねたし、気持ちも伝えたんだけど、肝心の千歳の気持ちは聞けないまま、二人並んで歩いていると、千歳はポケットの中に手を入れ、赤と白のミサンガを手渡してきた。
「急いで作ったからぐちゃぐちゃだけど、また今度作り直すね」
そう言いながら差し出してきたミサンガは、かなり出来が悪く、いかにも『初めて作りました!』って感じのもの。
「カズさんに教わった?」
「ううん。 ネットで調べながら作った。 半分寝ながら作ってたらこんななっちゃった。 ごめんね」
屈託のない笑顔でそう言い切られ、嬉しさのあまり、千歳の頭をぐしゃぐしゃっと撫でていた。
帰宅後、ミサンガを着け変えると、自然と顔が綻んでしまう。
『ホントへたくそ。 睡眠時間、削ってくれたんだろうな… やべぇ嬉しい』
ミサンガを見るだけで顔が綻び、千歳が近くにいるように感じていた。
毎日、千歳と二人で登下校をし、ジムと部活に行く生活。
千歳は陸上部の秋季大会があるせいで、陸上部に付きっきりだったんだけど、問題児だった杉崎も、まじめに部活に取り組み始めてた。
サンドバックを殴っていると、薫が俺と畠山君を呼び出し切り出してきた。
「星野さん、マネージャー辞めたって!」
「マジで?」
「うん。 合宿終わってから谷垣先生と話し合ったみたいなんだけど、『反省の色を感じないから辞めさせた』って言ってた! 結局、美術部に行ったみたいだよ」
思わずガッツポーズをしてしまいそうな安堵感を感じたまま、ボクシング場に戻り、トレーニングを再開していた。
月日が過ぎ、週に1度、光君が専属としてくるようになっていたんだけど、光君は合宿中よりも厳しく、普通にミットで殴られまくる。
けど、不思議と嫌な気持ちはなく、パンチを躱せたときには、自分のレベルが上ってるように感じていた。
ある日の部活時、谷垣さんから『10月に行われるボクシング部の大会』について話を聞いていた。
去年は停部中だったから、参加資格自体がなかったんだけど、この年は参加できることに。
出場メンバーにも選ばれ、毎日のトレーニングにも、自然と気合が入っていた。
大会前日には千歳からラインで、体調を気遣うメッセージが届き、リラックスしたまま就寝できていた。
翌朝になると、千歳の着信で目が覚め、少し会話をした後にストレッチ開始。
ストレッチをした後、すぐにシャワーを浴び、家を後にしていた。
千歳は俺の大会の翌日に、秋季大会が控えてるせいで、応援には来れなかったんだけど、不思議なくらいにリラッスクしたまま会場の中へ。
更衣室で着替えた後、ベンチに座り、シューズの紐を直そうとすると、左足には千歳が作ったミサンガが、靴下の中から少しだけ顔をのぞかせる。
『少しでもいいから来てほしかったな…』
そう思いながらシューズの紐を直し、リングの上を眺めていた。
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