第163話 勝利

第2ラウンド開始のゴングが鳴り響くと同時に、一気に踏み込み、今度は俺がラッシュを仕掛ける。


すると、凌が俺に抱きつき、クリンチを取ったんだけど、凌は耳元で小さく告げてきた。


「ちーだ」


「え?」


レフェリーに引きはがされ、試合が再開されたんだけど、帰ったはずの千歳が気になって仕方ない。


ステップを踏みながら半回転し、凌の立っていたポジションに立ち、チラッと観客を見た途端、凌の右ストレートが顔に突き刺さり、思わず膝をついてしまった。


カウントが増えていく中、凌を見ると、凌は満足そうに笑いかけてくるだけ。


『んのやろ… 騙しやがったな… あったま来た』


大きく息を吐きながらカウント8で立ち上がり、凌に仕掛けまくる。


凌はダウンを取ったせいか、ガードに徹するばかり。


凌に1歩リードされたまま、第2ラウンド終了のゴングが鳴り響いていた。


「菊沢、いいか? 崖っぷちだぞ! 落ち着いていけ」


谷垣さんの言葉で、英雄さんの試合を思い出し、大きく息を吐く。


1分のインターバルを終え、リング中央に言った途端、不思議と気持ちが落ち着き、頭の中は凌を倒すことでいっぱいに。


隙を伺いながらジャブを繰り出していると、ふと千歳とスパーリングをした時のことが頭によぎった。


チラッとだけ、凌の左ボディを見ると、凌は当たり前のようにガードを下げる。


その瞬間、ノーモーションで右ストレートを放つと、凌は綺麗に右ストレートを食らい、ダウンしていた。


凌はカウント15で立ち上がったんだけど、膝から崩れ落ち、試合終了のゴングが鳴り響いた時には、リングの上で大の字になっていた。



思わず両腕を上げて喜んでいると、凌は口を尖らせながら不貞腐れるばかり。


凌を気にしないまま、表彰式を終えた後、更衣室に向かっていた。


更衣室に行き、着替えようとしていると、凌は口を尖らせながら中に入り、切り出してきた。


「ノーモーション汚い」


「お前の『ちー発言』の方が汚ぇよ。 つーかヨシ君の入れ知恵だろ?」


「バレた? 絶対にバレないと思ったんだけどなぁ~」


「バレるっつーの。 また英雄さんにボコられるぞ?」


話しながら着替え終え、更衣室に行くと、部員たちが拍手で迎えてくれたんだけど、凌は口を尖らせたまま。


この試合で引退だった畠山君は、俺の肩を叩き切り出してきた。


「次の部長は奏介だな!」


喜びを抑えながらジムに行き、英雄さんに報告をすると、英雄さんは両腕を広げ、抱き着いてきた。


「あの、千歳って帰ってきました?」


「ちー? 部活に行ったままだよ」


「そうなんすね。 一応マネージャーだから報告しようかと思って」


「ラインすれば?」


英雄さんの口から『ライン』という言葉が出てきたことが信じられず、苦笑いを浮かべながらジムを後にしていた。



翌日。


光君とのトレーニングがあったため、昼過ぎからジムでトレーニングをした後、自宅に帰り、すぐに千歳にラインをしたんだけど、千歳は既読をつけてくれない。


『大会中なのかな? そういや、時間聞いてなかったなぁ… 何時に終わるんだろ?』


そう思いながら洗濯をし、千歳の返事を待ち続けていたんだけど、既読がつかない。


シャワーを浴びても返事がなく、夕食を買いに行っても返事も既読もついていない。


軽く食べた後、千歳を待ちきれなくなってしまい、千歳にラインを送っていた。


『19時に駅で待ってるな』


千歳にラインを送った後、待ちきれない気持ちを抑えきれず、駅に向かって歩き始めた。

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