第144話 言えない
「奏介、大丈夫か!?」
英雄さんの声が聞こえ、ゆっくりと目を開けたんだけど、左目が開かないせいか視界がぼやけて見える。
「大丈夫っす…」
肩で息をしながら小さく答えると、英雄さんが声を上げた。
「で、なんでカズとやりあったんだ?」
「奏介、ちーの部屋行くぞ。 起こしてやる」
カズさんは、英雄さんの声に答えることもなく、慌てたように俺の体を起こし、俺を気遣いながらリングから降ろしてくれた。
「カズ、なんで奏介とやりあった?」
「大丈夫か? 歩けるか?」
カズさんは英雄さんの声を完全に聞こえない振りをし続け、俺の腕を担ぎながらジムを後にし、千歳の部屋に連れて行ってくれた。
ベッドの上に枕を立てかけ、寄りかかるように座らせると、俺の荷物を持ち、あとを追いかけてきた桜さんが切り出してくる。
「カズ兄、やりすぎじゃない?」
「楽しかったんだから仕方なくね? 時間が経つと威力が増して、ノーモーションも出来上がってた」
「確かに… 後半の腕の振りは全然わかんなかったね」
「だろ? 粗削りだけど、奏介は親父がマンツーで指導すれば、世界レベルになるぞ」
カズさんは自信を持ったように言い切り、思わず笑みが零れてしまった。
すると、ドアが開き、千歳がアイスバックをもって部屋に入ってきたんだけど、千歳が部屋に入るなり、カズさんが切り出した。
「親父、キレてた?」
「マジ切れ。 ヨシ兄、明日学校行けないんじゃない?」
「マジかよ… 桜、しばらく匿ってくんね?」
「絶対嫌。 とばっちり食らうじゃん」
「そこを何とか! マジで!! 毎日、3食作るし、食費も俺が出すから!!」
「マジで嫌!!」
カズさんと桜さんが言い合う中、千歳からアイスバックを受け取り、顔を冷やしながら声を上げた。
「俺んち良いっすよ」
「マジで? いいの?」
「はい。 鍵、カバンの中に入ってます」
「流石三男。 助かるわぁ~。 飯の心配はするな」
カズさんに『三男』と言い切られ、思わず笑みが零れてしまうと、カズさんは俺のカバンを漁り、いそいそと千歳の部屋を後に。
「どうなっても知らないからね」
桜さんは呆れたように言った後、千歳の部屋を後にしていた。
急に二人きりにされてしまい、小さな緊張が走る。
『星野のこと、切り出さなきゃ…』
頭ではそう思っていても、口に出すことができずにいると、口からため息が零れ落ち、千歳が不安そうに聞いてきた。
「大丈夫?」
「ああ。 負けちった…」
「あの3人相手に、最後まで立ってるなんてすごいと思うよ。 しかも12ラウンド戦い抜くって、本当に感心する。 スタミナもパワーも上がったでしょ?」
「毎朝ロードワーク行くようになったし、帰りも遠回りして帰るようにしたからさ。 本当は千歳と登下校したかったけど、どうしても勝ちたくて我慢してた」
「相手、凌君だもんね」
「違うよ。 千歳は陸上と、キックでチャンピオンになったろ? 俺、去年の新人戦で勝ったけど、それじゃ1個足りないんだよ。 どうしても対等になってから、付き合いたかった。 けど、負けちった… 昨夜言ったことも守れないし、何も言えないし… ホント、ダセェよな…」
上を向き、両目を隠すようにアイスバックを乗せ、本当のことを言い出せないでいると、カーテンの閉まる音が聞こえた直後、千歳は黙ったままアイスバックをどかし、顔を近づけてきた。
何が起きたかわからずにいたんだけど、唇には柔らかい千歳の唇が重なっていて、言葉を出すことができないでいた。
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