第142話 賭け

奏介をバイクの後ろに乗せ、自宅に戻ったまでは良いんだけど、奏介の足は重く、ジムに行こうとはしない。


黙ったまま奏介の背中を押し、ジムに押し込んだまでは良いんだけど、奏介は千歳の顔を見た途端、俯いてしまい、入り口から動こうとはしなかった。


無理矢理、奏介をジムの中に押し込んだんだけど、親父と高山さんの姿はなく、みんなは奏介のことを見るだけ。


するとリングの上に座っていたヨシが立ち上がり、奏介に切り出した。


「奏介、凌とやりあえよ」


「いや… そういう気分じゃ…」


「早く準備しろ」


「だから、そういう気分じゃないんすよ!」


「あ? お前さ、カズ兄の部屋で酔っ払って、『世界チャンプになりたい』っつってたよな? たった1回の負けで凹んでどうすんの?」


「だって… 俺、勝ってたはずなんすよ?」


「だから? だから凹んでいいの? 試合中、たまたま肘がぶつかっただけで反則とられたら? ぶつかっただけで反則負けしたら、そうやってグチグチしてんの? んなんじゃ、世界チャンプになれねぇよ。 今すぐ辞めちまえ」


ヨシが吐き捨てるように言うと、奏介は眉間に皺を寄せ、無言でカバンを開き、その場で着替えようとし始めていた。


桜は慌てたように千歳と二人で外に出ると、リングを降りた智也が小声で切り出してくる。


「試合後なのに良いんすか?」


「良くないな… 何を悩んでるのかは知らねーけど、いつまでもグチグチ悩んでるんだったら、殴られたほうがいいだろ」


ため息交じりにそう言い切ると、智也は呆れたように奏介のグローブを嵌め、凌と二人でリングの上に。


千歳と桜を中に入れると、ヨシはニヤッと笑いながら切り出してきた。


「2分4ラウンドの試合形式な。 あーでも、ベルトが無いと燃えないか… よし! ベルトの代わりに千歳をやる」


「はぁ!? 何言ってんの!?」


「ベルトと同じで世界に1つしかないし、女がいないお前らにはちょうどいいだろ? いらなかったら受け取り拒否していいよ。 ちなみにあいつ、普段ナベシャツで隠してるけど、Dカップあるし、飽きたら捨てていいから」


ヨシの言葉を聞いた途端、千歳は眉間に深く皺を寄せる。


『あ… キレた。 俺、知~らね』


完全に呆れかえりながらベンチに座ると、奏介は気合を入れなおしたように車道ボクシングを始め、凌は泣き出しそうな顔をし始める。


ヨシはそんなことを気にせず、リングを降りてしまい、試合開始の合図として、手を叩き、合図を聞いた途端、奏介は目の色を変え、凌に襲い掛かっていた。



2ラウンド目が始まっても、奏介の勢いは止まらず、パンチのキレも落ちていない。


『あいつ、試合後なんだよな? キレッキレじゃん… 疲れってものを知らないのか?』


奏介が戦う姿を見ているだけで、なぜか拳を握り締め、手に汗を握ってしまう。


奏介は時間が経てば経つほど、パンチの威力を増していき、どこか楽しそうに凌のことを殴り続けていた。


『やべぇ… すげー楽しそう…』


戦う奏介の姿を見れば見るほど、リングの上に立ち、奏介と殴り合いたい気持ちが大きくなっていた。


4ラウンド目が終了するなり、ヨシがリングの上に上がり、マウスピースを口に含む。


凌はリングを降りたんだけど、奏介は智也にマウスピースを外してもらい、肩で息をしながら切り出した。


「4ラウンドって言ってたじゃないっすか…」


「お前さ、世界チャンプ戦が何ラウンドあるか知ってるよな? 12あるんだぜ? 世界に1つしかないものを手に入れようとしてんだから、それなりの試練があってもおかしくねぇだろ?」


ヨシは嬉しそうにそう言った後、マウスピースを口に含んで構え、奏介もマウスピースを口に含んで構え始めた。


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