第141話 心配

「カズ、今日、休みなの?」


明け方まで海外ドラマを見ていたせいで、夕方近くに起床し、ボーっとした頭のまま1階に降りると、母さんが切り出してきた。


「オーナーが法事で田舎に行ったから、急遽休み」


「あらそうなの? だったら、桜ちゃんのプロテスト見に行けばよかったのに…」


「プロテスト? え? あいつ受けたの?」


「ちーが見に行くって言ってたわよ。 父さんと高山さんが付き添いだって」


「え? じゃあ、ジムは奏介が手伝いに来たん?」


「奏介君も試合だって言ってたわよ。 学校の地区大会だって。 みんな試合でいないから、ヨシと智也君だけが来たみたいね」


「ふーん…」


返事をしながら軽く食べた後、家を後にしていた。


普段なら、ジムのほうから騒がしい声が聞こえてるんだけど、ジムはシーンと静まり返っている。


『誰かいる? その割には静かすぎないか?』


不思議に思いながらジムへ行くと、リングの上ではヨシと智也が座り込み、ベンチには落ち込んだ表情の凌と畠山。


千歳と桜、親父と高山さんは、呆然とした様子で畠山のことを見ているだけ。


誰一人として挨拶をしてくることもなく、ジム内の空気は重く、静まり返っている。


「…どうかした?」


不安になりながら聞くと、凌が切り出してきた。


「…今日試合だったんすよ。 決勝で奏介と対戦したんですけど、奏介のノーモーションがキレッキレで…」


「負けたのか?」


「はい。 奏介が…」


「は? 奏介が?」


「…試合中、いきなりタオルが投げ込まれたんです。 奏介のベンチから。 レフェリーに抗議したんすけど、『試合妨害は失格だから、どちらにせよ菊沢の負けだ』って…」


「なんでそんなこと…」


小さくつぶやくように言うと、畠山が言いにくそうにつぶやいた。


「『飽きたから早く帰りたい』って… うちのマネージャーなんすよ。 タオル投げたの」


「で? その奏介は?」


「来てないっす… かなり凹んでたんで、家にいるんじゃないかと…」


畠山の言葉を聞き、なぜか居ても立ってもいられなくなり、急いでジムを後にし、バイクに跨った。


『田中が家の前で張ってて、家から出れないとか? まさか… 刺されたりしてないだろうな…』


考えれば考えるほど不安になっていき、急いで奏介の家に向かっていた。


アパートの前についてすぐ、家の前を見たんだけど、そこには誰の姿もなく、奏介の家からは人の気配がない。


急いで階段をかけあがり、インターホンを押しながらドアを叩くと、すぐにドアが開き、奏介は驚いた表情をしていた。


「あれ? カズさん、どうしたんすか?」


「刺されてないか?」


「は? 刺されるって誰にっすか?」


「田中春香。 大丈夫か?」


「…あいつ、交換留学で海外に行きましたよ?」


「へ? 海外?」


「はい。 この前、親父のところ行ったじゃないですか。 俺が海外留学するって勘違いして、向こうに留学しに行ったんですよ。 ヨシ君の演技のおかげです」


「…そ、そうか。 みんなが心配してるから、ジム行くぞ」


ホッと胸を撫でおろしながら切り出すと、奏介の表情はどんどん曇っていき、奏介は言いにくそうに切り出してきた。


「…正直、今は行きたくないっす」


「『悔しいときはミットにぶつけろ』って話、聞いたことあるか?」


「千歳から聞きました。 けど、悔しいとかそういうのじゃないんすよ… なんて言うか、どうしたらいいかわかんないっていうか…」


「とりあえず来いよ。 親父とちーが心配してる。 あの二人、バカだから、顔見ただけで安心するはず」


はっきりとそう言い切ると、奏介は思い悩んだ表情のまま、荷物を準備し始め、家を後にしていた。

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