第139話 同じもの
ベンチに座っていた星野にタオルを投げ込まれ、俺の敗北が決まったんだけど、試合は終始優勢に立っていたから、正直言って負けた感じがしない。
けど、試合内容では勝っていたし、凌も自ら負けを認めていたんだけど、俺の優勝ではなく準優勝が決まっていた。
更衣室で着替えようとしていると、千歳からラインが来ていることに気が付いた。
〈試合どうだった?〉
なんて返事をしたら良いのかわからず、ボーっとスマホの画面を見ていると、畠山君が横からスマホを覗き込み、ため息交じりに切り出してきた。
「…俺から返事するか? これからジムに行って、英雄さんに結果伝えなきゃいけないし」
「そっか… 結果だけお願いしていいかな? 星野のことは俺から話すよ。 今はなんも考えられないから、うまく伝わるかわかんないけど…」
「わかった。 千歳にはうまくごまかしとくわ」
黙ったままうなずき、着替え終えた後、みんなと一緒に会場を後にしようとすると、凌が駆け寄ってくる。
凌は悔しそうな表情を浮かべていたんだけど、何も考えられないままでいた。
『シューズ、買い直さないと…』
がっかりと肩を落とし、黙ったまま電車に揺られていると、薫が申し訳なさそうな表情で切り出してきた。
「奏介君、本当にごめんね。 星野さん、今日来たがってなかったんだけど、マネージャーだからって、無理矢理来させたんだ。 僕のせいだよね…」
「薫のせいじゃねぇよ…」
「でもさ、星野さんを呼ばなかったら、優勝できてたし、ウォーターボトルとミサンガだって、壊されなくて済んだじゃん…」
薫の言葉で、千歳にもらったミサンガとウォーターボトルを壊されたことを思い出し、どんどん血の気が引いていった。
貰ってから時間が経ってれば別だけど、千歳から貰ったのは昨日の夜。
ウォーターボトルはガラス製だから、『手が滑って割れた』と言えば誤魔化せる。
けど、たった一晩で、ミサンガが自然に切れる訳もないし、『星野に切られた』と言えば、千歳は怒って、また離れて行ってしまう。
昨夜はあんなに強く抱きしめあったのに…
やっと、千歳の気持ちが、俺に近づいてるって分かったのに…
また離れてしまうなんて嫌すぎる。
そう思うと、自然と手に力が入り、つり革を握りしめていた。
「薫、ミサンガの種類が豊富な店って知ってる?」
「ミサンガ?」
「これと全く同じものが欲しいんだ」
そう言いながら、切られたミサンガをカバンから出すと、薫は諦めたように声を上げた。
「ああ… こう言うのって、一点物だったりするから、売ってないかも…」
「確か作れるよな? 作り方、教えてくんね? 全く同じもの、作りたいんだ」
「僕が作るよ。 星野さん呼んだお詫びで…」
「いや、自分で作らなきゃ意味がないんだ。 作り方だけ教えて」
「わかった。 次の駅で降りて、材料買いに行こう」
薫に切り出され、自宅に向かう手前の駅で降り、薫と二人でクラフトショップへ。
完成されたミサンガも売っていたんだけど、全く同じものはなく、自分で作ることにしていた。
店員に『全く同じ色の糸がないか?』聞いてみたんだけど、水色だけ売り切れていた。
「こちらのセットなら、全く同じ色が入ってますよ」
そう言いながら差し出されたのが、パステルカラーの刺繍糸が、20本もセットになっているもの。
迷うことなくそれを購入し、薫と二人でアパートに向かっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます