第138話 タオル

星野と言い合いした後、イライラしたまま準決勝戦が始まったんだけど、苛立つ気持ちを抑えきれず、ゴングと同時に仕掛けまくった。


仕掛けまくったのはいいんだけど、きっちりとガードされてしまい、相手は全く効いている感じがしない。


八つ当たりをするように、がむしゃらになってパンチを繰り出していると、ふと頭の中に千歳の声が響いてきた。


『振りがデカい』


声と同時に動きが止まってしまった瞬間、視界が真っ暗になり、リングに倒れこんでいた。


『痛ぇ… やっべ、何か知んないけど目覚めた気分。 ごちゃごちゃ考えないで、試合に集中しろってことか? 厳しいなぁ…』


思わず笑みがこぼれてしまい、笑いながら足元を見ると、千歳と二人で買いに行ったシューズが視界に入る。


『ここにもお守りあるじゃん。 しかも一番のお気に入り』


シューズを見ながら気合を入れなおし、ファイティングポーズを取っていた。


思いっきり、顔面に食らったにも拘らず、痛みは瞬間的に引き、試合を再開していた。


1ラウンドの途中で右ストレートが綺麗に決まり、俺のKO勝ちが決まっていたんだけど、気持ちが吹っ切れたせいか、不思議と疲れを感じない。


今すぐ『10キロ走れ』と言われても、すんなりと走れそうなほど、体が軽く感じていた。



少し休憩した後、決勝が始まる直前、畠山君に切り出した。


「千歳に決勝行ったってラインしてくんね? すぐ試合だから、グローブ外せないんだ」


「俺、千歳のライン知らねぇよ?」


「あー、俺のスマホから送って。 決勝が俺と凌だって伝えてほしいんだ。 カバンに入ってる」


畠山君が俺のスマホを弄る中、その横で画面を見ていると、足にモソモソした違和感を感じ、ふと見ると、シューズのひもが真っ二つに切られ、星野がカバンに何かを隠している。


「何隠したんだよ?」


学はそれを見ていたのか、急に星野に切り出し、星野は無言で小さな鋏を放り投げた。


「菊沢、行くぞ」


事情を知らない谷垣さんに呼ばれたんだけど、このままの状態でリングに上がれる訳がない。


「待った! 靴紐切れた!! 畠山君、悪いんだけど貸してくんね? 薫、付け替えて」


自分でも驚くほど冷静に切り出し、薫に靴紐を変えてもらっていた。


「奏介? 大丈夫か?」


「ラインだけ頼む」



試合直前にも拘らず、星野にシューズの紐を切られてしまったんだけど、不思議と冷静さを保ち続けていた。



リングに上がり、凌と向かい合っても、冷静さはそのまま。


まるで、心と体が切り離されたように、試合のこと以外は何も考えず、ゴングの音を聞いていた。


凌のパンチをガードし続け、パンチを繰り出すたびに凌はよろめく。


終始優勢のまま1ラウンドが終了し、コーナーポストに向かうと、畠山君が切り出してきた。


「ノーモーション、マスターしたのか?」


畠山君の言葉で、無意識のうちにノーモーションを打っていた事を知ったんだけど、自覚が全くない。


ただただ、目の前に立つ凌から勝つことだけを考え、第2ラウンドのゴングが響いていた。


次の第2ラウンドでも、面白いくらいにパンチが当たり、凌を圧倒し続けていたんだけど、1分を経過したときに、突然ゴングが鳴り響いた。


不思議に思いながら振り向こうとした時、足元に白いタオルが転がっていることに気が付いた。


『え? タオル? …タオルが落ちてる?』


俺だけではなく、凌や相手のセコンドも何が起きたのかわからないと言った感じだったんだけど、アナウンスが入り、試合が終わってしまった。


その直後、凌はマウスピースを外しながら俺の横を通り過ぎ、谷垣さんに向かって怒鳴りつける。


「ふざけんな! なんで奏介が負けてんだよ!! 俺、ノーモーション食らいまくってたろうが!!」


『谷垣さんがタオルを投げた? ってことは俺の負け?』


考えれば考えるほど訳が分からず、グローブを外しながらリングを降り、谷垣さんの胸倉をつかみながら詰め寄った。


「どういうことだよ?」


「俺も知らねぇって!」


「あんたが投げたんだろ!? 終始優勢だったろ!? どこ見てタオル投げてんだよ!!」


谷垣さんの胸倉つかんで詰め寄ったんだけど、谷垣さんはうろたえるばかり。


すると、谷垣さんの背後にいた薫が、星野に怒鳴りつけた。


「カバンから出してタオル投げたでしょ!? なんで投げたの? 見てたんだからね!!」


「早く帰りたかったから。 いい加減飽きた」


星野は悪びれる様子もなくそう言い切る。


「だったらさっさと帰れよ! 奏介君のボトル割って、ミサンガも切って、靴紐まで… 最低すぎるんだよ!!」


「あんたが来いって言ったから来てあげたんでしょ!? くっだらない」


星野はそう言い放った後、さっさとその場を後にしてしまい、薫は目にいっぱいの涙を溜め、謝罪の言葉を並べるばかりだった。

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