第137話 極悪

第1試合を終え、第2試合に向かう前に、千歳にラインを送る。


【第2試合行ってくる! これに勝ったら準決勝!!】


千歳からは、〈ファイト〉のスタンプが来るだけだったんだけど、それだけで気持ちが落ち着き、グローブを嵌めてもらった後、大きく深呼吸をしていた。


『絶対勝てる』


リングに上がった後も、リラックスしたままでいたんだけど、第1試合の相手よりもかなり強い。


かなり強くは感じるんだけど、ヨシ君と比べたら全然弱いし、パンチだってガードし尽せるほどだった。


相手選手の右ストレートをガードした後、ラッシュを叩き込む。


1・2・3で放った右アッパーが綺麗に決まり、対戦相手はダウンし、相手選手が立てないまま、試合終了のゴングが鳴り響いていた。



ベンチに戻り、グローブを外した後、リングの上を眺めながらウォーターボトルを飲んだんだけど、次の対戦相手が、どっちも体が大きく、やばそうな感じ。


『1発食らったらやばそうだな…』


不安に思いながらも、千歳にラインを送っていた。



【勝った!! 次が準決勝!! 準決勝相手がやばい強そう】


〈気持ちで負けるな!! 全力でいけば絶対勝てる!!〉


千歳から送られてきたメッセージを見るだけで、不思議と自信があふれてくる。


自信にあふれているんだけど、もっと自信をつけたくて、ついついメッセージを送っていた。


【好きのスタンプ送ってくんね? そうすれば勝てる気がする】


千歳からは返事がなく、少しがっかりしていたんだけど、しばらく経った後、千歳からよくわからないスタンプが送られてきた。


【なんだこれ?w】


〈試合に集中しろ!!〉


思わず笑みがこぼれ、ウォーターボトルを手にした途端、前に座っていた星野は振り返るなり、俺の手ごとボトルを床に叩きつけ、ウォーターボトルは砕け散っていた。


突然のことに驚いていたんだけど、星野は悪びれる様子もなく、その場を後にしている。


「菊沢、怪我はないか?」


「だ、大丈夫っす。 手、滑ったみたいっす… すいません…」


慌ててガラスの破片を拾おうとすると、カバンに着けていたミサンガが切れている。


力なく垂れ下がったミサンガを手に取ると、沸々と怒りが込み上げてきた。


千歳にもらったすべてを壊されてしまい、苛立ちながら星野を追いかけ、自販機の前で飲み物を選んでいる星野に切り出した。


「なにすんだよ?」


「はぁ? 何がぁ?」


「何がじゃねぇだろ? 自分が何したかわかんねぇのかよ?」


「つーかさ、浮かれすぎてない? 試合中なのにライン送りまくってるし、本当に勝つ気あんの?」


「あるに決まってんだろ?」


「ふーん。 んじゃ、負けたら私と付き合いなさいよ。 奏介が裏切ったら、中田千歳がどんな顔するのか見てみたいんだよね」


「お前さ、人を傷つけて何が楽しいの?」


「あんただって同じじゃん。 今まで何人振って、傷つけて泣かせたの?」


「テメェと一緒にすんな」


「性別が違うってだけで、泣かしてることには変わりないでしょ?」


「最低だな…」


「私がそういうやつだって知ってるじゃん。 今更隠したって仕方なくない?」


星野は当然のようにそう言い切り、俺を見下すように見てくる。


『極悪人… どうしたら、こんな捻くれられんの?』


眉間にしわを寄せながら考えていると、星野は当たり前のように切り出してきた。


「負けたら私と付き合いなさい。 で、私の前で中田に暴露してよ」


星野の言葉にブチっと来てしまい、思わず殴りかかろうとしてしまうと、薫が慌てて間に入る。


「奏介君! 急いで準備しないと失格になっちゃう!!」


薫は必死にベンチに戻そうとしていたんだけど、苛立つ気持ちを抑えきれず、星野に切り出した。


「俺が勝ったら、俺と千歳に近づくな」


それだけ言った後、急ぎ足でベンチに戻り、準備を終えてすぐ、リングに上がっていた。

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