第135話 プレゼント
英雄さんにプールで追いかけまわされた翌日。
この日は帰国の日だったため、昼過ぎには空港に。
見送りをしてくれた親父にお礼を言い、少し話した後に3人で搭乗ゲートに向かっていた。
日本に到着し、重い体を引きずりながら歩いていると、迎えに来てくれたカズさんに会い、車に乗り込んでいた。
車の中で爆睡し、気が付くとアパートの前。
お礼を言った後、アパートに入ると、家の中は静まり返り、妙な寂しさが膨れ上がっていた。
向こうでは何でもなかったのに、帰国した途端時差ボケが起きてしまったせいか、体がだるくて仕方ない。
軽くシャワーを浴びた後、布団の中に潜り込み、そのままずっと眠っていた。
自然と目が覚め、時計を見ると時間ギリギリ。
『今日って休みだっけ?』
疑問に思いながらスマホを見ると、学校があることに気が付き、慌てて準備をし始めた。
学校に着いたのは時間ギリギリ。
この日から、部活とジムで汗を流す日々が再開したんだけど、千歳はなぜか陸上部に行ってしまい、顔を合わせることがほとんどないし、避けるような態度を取り始める始末。
ジムに行っても、英雄さんがいつもよりも目を光らせているせいで、千歳に近づくことが困難になり、お土産で買った小さなクマのぬいぐるみも、渡せないままでいた。
ジムの帰りに、千歳の部屋の方を見ると、いつも電気が消えている。
『陸上部でずっと走ってるし、疲れ果ててるんだろうなぁ…』
そう思うと、ラインをすることですら躊躇してしまい、ラインを送ることができないでいた。
そのまま数週間が過ぎ、ボクシングの試合前夜。
試合の準備をしていると、ドアの向こうから物音が聞こえ、インターホンが鳴り響いた。
『まさか、あいつ帰ってきた? え? でも、交換留学って言ってたから、そう簡単に帰ってこれないよな… んじゃ誰だ?』
ドアの方を見ながら考えていると、インターホンが連打される始末。
「うるせー!!」
連打されるインターホンに苛立ち、怒鳴りつけながら立ち上がった。
苛立ったままドアを開けると、そこには千歳が立っている。
予想外のことに驚き、何も考えられないでいると、千歳はにっこり笑いながら、紙袋を差し出してきた。
「これ、あげる」
何も考えられないまま袋を開けると、赤と水色の細いミサンガと、ガラス製のドリンクボトルが入っている。
思わず笑みがこぼれ、笑いながら千歳に切り出した。
「お守り?」
「うん。 明日、桜ちゃんのプロテスト、見に行かなきゃいけないからさ。 ゲーセンで奢ってもらったお礼も兼ねて。 ウォーターボトル、良いのがなかったから、ガラス製のやつにしちゃった。 割れるといけないから、家で使ってね」
にっこりと笑いかけながらそう告げてくる千歳の笑顔を見ていると、好きな気持ちが一気に膨れ上がる。
膨れ上がった気持ちを抑えきれず、千歳の腕を引き寄せ、強く抱きしめた。
「んな事されたら、帰したくなくなんだろうが…」
強く抱きしめたまま耳元で囁くように言うと、千歳は少しの沈黙の後、小声で切り出してきた。
「…ロードワーク中だったから汗臭いよ?」
「千歳のは気にしねぇよ…」
「…気にしろ。 …バカ」
「…俺、もう無理だ。 千歳のこと、好きすぎておかしくなりそう…」
正直な気持ちを小声で言い、更に強く千歳を抱きしめていた。
『千歳を自分のものにしたい…』
そう思えば思うほど、自然と腕に力が入ってしまう。
千歳は胸に顔をうずめたまま、俺の背中に腕を回してきた。
「…千歳、俺と付き合うの嫌?」
抱きしめたまま小声で聞くと、千歳は俺の胸に顔を埋めたまま、消え入りそうなほど小さな声で切り出してきた。
「…嫌じゃないけど、今日はダメ」
「なんで?」
「明日、試合だから。 『あらゆる欲望を断ち切って、それを闘志に変えると、思った以上の結果が出る』って父さんが言ってた。 桜ちゃんも、『奏介に勝ってほしいなら会っちゃダメ』って…」
「それで避けてたのか…」
「うん… ごめんね」
「いいよ。 明日、試合終わったらラインするよ。 絶対に勝つから… 勝って千歳に追いつくから、冗談じゃなくて、本気で受け止めて」
「勝てる?」
「勝つよ。 お守り貰ったし、千歳の為に絶対勝つ。 約束するよ」
はっきりとそう言い切ると、千歳は黙ったまま頷き、両腕に力を込めていた。
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