第134話 暇

英雄さんが昔通っていたジムに行った翌日。


親父が急遽仕事に行ってしまい、走ってジムへ。


午前中でトレーニングを終えたんだけど、車がなく、身動きが取れないため、家でゴロゴロしていた。


英雄さんは、プールサイドにあるリクライニングチェアで日光浴を楽しみ、俺はソファで寝転がり、千歳にラインをしていたんだけど、千歳は既読をつけてくれない。


ボーっとテレビを眺めるヨシ君の横で、千歳の返事を待っていたんだけど、ヨシ君がいきなり切り出してきた。


「暇」


「そうっすねぇ…」


「泳ごうぜ」


「いいっすよ」


「勝負しようぜ。 負けた方が、日本に帰ったらおごりな」


水着に着替え、プールで競争を始めたんだけど、どっちが早いかを判断してくれる人が寝ているせいで、勝負にならず。


どっちの方が早かったか、判断できないままに泳ぎ終え、リクライニングチェアに座っていると、ヨシ君が切り出してきた。


「男だけで泳いでもつまんねーな」


「そりゃあそうでしょ… 小学生ならまだしも、高校生と大学生って…」


「やっぱ、ちーも誘えばよかったかなぁ… あいつ、体だけは良いもん持ってるし、顔を隠して、『ちーじゃない』って思いこめばイケると思うんだよね…」


ヨシ君がため息交じりに言うと、英雄さんのドスのきいた声が響いてくる。


「…どこに行くんだよ?」


「あら? 起きてらしたんですか?」


ヨシ君は慌てたように言っていたんだけど、英雄さんはゆっくりとヨシ君に歩み寄り、ヨシ君を担いだと思ったら、まさかのバックドロップ。


二人はプールの中に落ちていき、大きな水しぶきを上げていた。


『あっぶね… 余計な事言わなくて良かったぁ…』


プールの中でプロレスを始めた二人を見ながら、ホッと胸を撫でおろしていると、ヨシ君が怒鳴りつけるように切り出した。


「ちょっと待てって! 奏介が!!」


「奏介がどうしたよ?」


「奏介がちーの胸触ったんだって!」


「触ってねーし!!」


「ほら! 冬休み中、ちーの部屋で生活してたじゃん! あの時、チューしながら触ったんだって!」


「あの時は何もしてないって!」


ヨシ君の言葉を聞き、慌てて本当のことを言ったんだけど、英雄さんは俺をにらみ、顔を真っ赤にさせながらプールから出てくる。


「…あの時は?」


『あ… 絶対にやべぇ…』


逃げ出そうと思った瞬間、体が宙に浮き、そのままプールの中に落とされていた。


プールの中を必死に英雄さんから逃げ続け、ヨシ君と二人で投げられ、沈められ続けていると、親父が帰宅し、楽しそうに笑い声をあげている。


暇で暇で仕方なかった、ゆっくりとした時間は、あっという間に地獄絵図のようになり、英雄さんという鬼から、必死に逃げ続けていた。



英雄さんが疲れきるまで追いかけまわされ、投げられ続け、プールから出た後はクタクタの状態に。


ヨシ君と二人、プールサイドで寝転がり、息を整えながら言葉が漏れていた。


「しんど… トレーニングより疲れた…」


「ホント… あの親父、バケモンかっつーの…」


「つーかヨシ君のせいじゃん。 千歳の話するからさぁ…」


「毎日ラインしてるお前が悪い。 時差を考えろ」


ヨシ君ははっきりとそう言い切ると、ゆっくり起き上がり、浴室へ向かっていた。


『そっか… 時差があるから、なかなか既読が付かないのか…』


ヨシ君の言葉に納得しかできず、ヨシ君が浴室から出た後、交代でシャワーを浴びていた。



英雄さんに誘われ、歩いてレストランに行き、食事を取った後に買い物へ。


歩きながら店を見て歩き、英雄さんが指定した雑貨店に入ると、手作りの小さなクマのぬいぐるみが視界に飛び込んだ。


ヨシ君と二人でぬいぐるみを見ていると、ヨシ君が切り出してきた。


「クマってぬいぐるみにするとかわいいけど、実は狂暴なんだよなぁ… ちーみてぇ」


「ちー?」


「あいつもぬいぐるみにしたら、可愛く作れそうじゃん。 実物はあれだけど」


「…ぬいぐるみは何でも可愛く作れるっしょ」


「そういやそうだな」


ヨシ君は笑いながらそう言った後、店の奥に行ってしまったんだけど、クマのぬいぐるみを手に取ると、千歳に会いたい気持ちが膨らんでしまう。


『これ、千歳のお土産にしよ』


一番可愛くできているクマのぬいぐるみを手に取り、3人の後を追いかけていた。

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