第133話 マジ

親父の車に揺られてたどり着いたのが、まさかの一軒家。


しかも、庭にはプールまでついていて、思わず親父に聞いてしまった。


「え? マジでここ?」


「ああ。 社長の好意で別荘に住まわさせてもらってるんだよ。 3か月おきに帰国してるから、アパートを借りるのももったいないし、ホテル住まいだと高くつくだろ?」


豪邸と言っても過言ではない広い一軒家に入ると、リビングにあるソファにはヨシ君が座っていた。


「え!? ヨシ君!?」


「おかえり~。 遅かったな?」


「え!? なんで!?」


あまりにも驚き、声をあげてしまうと、奥のドアが開き、頭をタオルで拭きながら、英雄さんが歩み寄ってきた。


「英雄さん!?」


「おかえり。 疲れただろ?」


「なんで居るんすか?」


「お父さんに誘われたんだよ。 『奏介が世話になったから遊びに来てくれ』って。 ジムは休みにしたんだけど、どうしても奏介と同じ便のチケットが取れなくて、ひとつ前の便で来たんだ」


「…じゃあ千歳も?」


「ちーは『バイトが入ってる』って言ってたぞ」


英雄さんの言葉で、頭に浮かんだ期待は音もなく崩れ落ちていた。


その後、親父に案内され、自分の部屋に行ったんだけど、荷物を解いていると、ヨシ君が部屋に入り切り出してきた。


「ビビった?」


「マジでビビりましたよ。 なんで言わないんすか?」


「田中春香が居たから。 お前、ずっとつけられてたろ? 海外に行くって知ったら、絶対追いかけると思ったんだよね。 『ドッキリしかけようぜ』って親父に言ったらノリノリになっちゃってさぁ。 田中に会った?」


「はい… 交換留学するって言ってました。 同じ便だったぽいけど、ロビーで会わなかったから、ファーストクラスかビジネスクラスに居たんじゃないっすかねぇ…」


「うわぁ… 普通そこまでするか?」


「金持ちのすることはよくわかんねぇっすよ」


「確かにそうだな… でも、これで安眠できるだろ?」


ヨシ君の度が過ぎるいたずらには、かなり驚いていたんだけど、『これで安眠できる』と知り、ホッと胸を撫でおろしていた。



翌日は、朝から親父の案内で、周辺を観光をしたんだけど、午後から英雄さんがハンドルを握り、英雄さんが通っていたボクシングジムへ向かっていた。


ジムの前につくと、英雄さんは車を降り、懐かしそうな目でジムを眺める。


「ここは変わんないなぁ…」


すると、中から大柄な男性が出てくるなり、英雄さんが声を上げた。


「リッキー! 久しぶりだな!!」


男性は英雄さんに抱き着き、英語で話し始めていたんだけど、英雄さんは終始日本語。


英雄さんが「リッキー」と言う度に、漢字の『力』が思い浮かび、思わず吹き出しそうになってしまう。


英雄さんがヨシ君を紹介すると、ヨシ君は「OKOK」しか言わず、見かねた親父が通訳をしていた。


英雄さんが俺を紹介した際、当たり前のように言い切る。


「俺の三男。 つっても、気持ちの中だけどな」


英雄さんに『三男』と言われたことが嬉しすぎて、頬が緩みっぱなしだった。



ジムの中に案内され、入り口を入ってすぐに目に飛び込んだのが、チャンピオンベルトを着け、両腕を掲げている英雄さんの大きなポスター。


『この写真、英雄さんが秀人さんと初対決した時の写真だ… マジでかっこいいなぁ…』


懐かしい記憶が過る中、ずっとポスターを眺めていると、ヨシ君が切り出してきた。


「ここ見てみ?」


指さされた先を見ると、そこには若いカズさんとヨシ君、そして幼い千歳の姿があった。


意外なところで再会した気持ちでいると、トレーニングをしていた面々から話しかけられたんだけど、何を言っているのか全く分からず。


すると、親父が駆け寄り切り出してきた。


「ミット打ちできるか聞いてるぞ」


「うん。 やる」


はっきりそう言い切った後、シューズとグローブ、バンテージを借り、名前も知らない外国人相手にミット打ち開始。


周囲のざわめきに耳も傾けず、ミット打ちを続けていると、ヨシ君に火が付きスパーリング開始。


普段と変わりない、本気のスパーリングをしていたんだけど、周囲からは歓声が上がり、まるで試合中のような気分になっていた。



スパーリングを終えた後、肩で息をしながらヨシ君とリングを降りると、リッキーが英語で話しかけ、親父が当たり前のように通訳をしてきた。


「二人とも、中田ジムやめてうちに来ないか?って誘われてるぞ」


「「無理無理」」


思わずヨシ君とハモってしまうと、英雄さんは満足げに笑いはじめた。


「この二人は高いぞ? なんたって、うちの目玉だからな!」


英雄さんとリッキーは話が通じているのか、楽しそうに笑い合い、日本語と英語で話し続けていた。

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