第132話 狂気

千歳の背中を追いかけたまま帰宅した翌日。


学校を終え、準備をした後、ジムに向かって走り出した。


ジムに飛び込み、サンドバックを殴っていると、英雄さんが切り出してきた。


「ゴールデンウィーク、どうするんだ?」


「親父のところに行きます。 お土産、買ってきますね」


「んなん良いって!」


英雄さんはそう言った後、俺の肩をポンポンと叩いてきていた。



トレーニングを終え、アパートに向かって走っていると、ロードワーク中のヨシ君と会い、ヨシ君は俺の顔を見るなり切り出してくる。


「海外行くんだって?」


「はい。 28日、学校が終わってすぐに行きます」


「寂しくなるなぁ…」


ヨシ君は落ち込んだ表情で俺を見ながら言ってくる。


「すぐに帰ってきますよ?」


「お前がいない間、スパー相手が智也だろ? 寂しいなぁ…」


「え? だからすぐに帰ってくるって」


「お前のすぐは、俺のすぐじゃないかもしれないだろ? 毎日顔を合わせてるのにさぁ…」


その後も、ヨシ君は今生の別れのような口調で話し続け、疑問ばかりが浮かんでいた。


立ち話を終えた後、疑問を抱えたままアパートに帰り、耳栓をつけてストレッチをしていた。



そのまま数日経ち、学校を終えた後、電車を乗り継いで空港に行き、親父から送られてきたチケットを見ると、出発時間が3時間後。


『あれ? 15時じゃなくて5時だった… 勘違いして早く着きすぎたな… どうすっかなぁ…』


どうやって時間を潰そうか考えていると、背後から声を掛けられ、振り返るとヨシ君が駆け寄ってくる。


「…なんで居るんすか?」


「見送り位させろよ」


「だから、すぐ帰ってくるって…」


「ほら、これ。 今度会ったら返せよ?」


そう言いながら紙袋を押し付け、ヨシ君は走り去ってしまう。


不思議に思いながら中を見ると、黒いグローブが入っていた。


『帰ってくるなってこと? え? 何? つーかこれ、俺んじゃね?』


疑問に思いながらそれをカバンに入れたんだけど、かなり時間が余っていることもあり、空港内をフラフラしていた。


空港内をフラフラしても、まだまだ時間が余っている。


ロビーにあるベンチに座り、千歳にラインを送ったんだけど、千歳はバイトがあるせいか、返事が来ない。


『暇すぎ… もう2時間、遅く来ればよかったなぁ…』


行く場所がなくなってしまい、かなり早い時間にチェックインを済ませ、搭乗ゲートの奥に行き、退屈な時間を過ごしていた。



やっとの思いで飛行機が出発したんだけど、そこから到着まで7時間半。


飛行機の中ではずっと寝ていたんだけど、家を出てから12時間以上もかかってしまい、現地空港に着いた時には疲労困憊の状態。


荷物を取り、待ち合わせの場所に向かうと、背後から肩を叩かれ、振り返ると春香が笑顔で立っていた。


「海外留学するんだよね? 私と一緒だよ。 交換留学で、1年だけ来たんだ。 奏介はどうするの?」


『く… 狂ってやがる…』


一気に血の気が引き、黙ったままその場を離れ、待ち合わせ場所にいた親父の車に乗り込んだ。


親父は春香に気が付いていないのか、不思議そうな表情で俺を見るばかり。


『交換留学? いやいや、俺、すぐに帰るし… 金持ちのストーカーって、情報さえあれば何でもできるんだな… あれ? ってことは、1年は日本に戻らない?』


いくつもの疑問が浮かんだんだけど、それに答えてくれる相手も、質問を投げかける人もおらず、ただただ親父の運転する車に揺られていた。

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