第130話 なんで?
千歳に答えを言えないまま、教室へ逃げ出し、自分の席に着いた後、ガッカリと肩を落としていた。
『正直に言えばいいじゃん… 千歳のことだし、【約束したから】って使えたかもしれないのに… でもなぁ… そういう事をするだけじゃなくて、ちゃんと付き合いたいし、付き合ってからしたいんだよなぁ…』
退屈な授業の間、ずっとさっきの事ばかりを考えていた。
どこのクラスよりも早く授業を終え、佐藤と部室に行き、着替えていると、佐藤が切り出してきた。
「ロードワーク行くん?」
「ああ。 ちょっと走りたい気分」
「その気持ち、全然わかんねぇ…」
チャイムの音と同時に部室を後にし、玄関の方に向かっていると、購買部の方から畠山君が駆け寄り、俺に切り出してきた。
「ロードワーク、行かない方がいいぞ」
「なんで?」
「そこの公園の先に元カノが居た」
「マジ!?」
「ああ。 授業中、外見たら姿が見えた。 あいつって、田中忍の妹だろ? この前、千歳が出たキックの試合も見に来てたし、奏介の顔見たら思い出したんじゃね?」
「マジかよ… 1階まで下りたし、走りたかったのになぁ…」
うんざりしながら体育棟の方に向かうと、体育棟の階段の前で、千歳が立っていたんだけど、千歳はスポーツドリンクの箱をジッと見つめていた。
「千歳? どうした?」
そう言いながら千歳に駆け寄ると、千歳はハッとした表情をしながら切り出してきた。
「これ、谷垣さんが3階に持って行けって」
「持ってけば?」
「…重くない?」
「だから? それくらい余裕で持てるだろ?」
「…そうっすね」
千歳がため息交じりにそう言った直後、昼間にデカい段ボールを担いでいた姿を思い出した。
『あの段ボール、絶対これより重いよな? …もしかして、あの後コケた?』
頭に過った考えに、一瞬にして血の気が引いてしまう。
「お前まさか… 怪我したのか? 肘? 膝? どこ?」
千歳の着ていたロンTの袖をまくり、怪我の場所を探すように触っていると、千歳は苛立ったように、俺の腕を振り払った。
「怪我じゃないっつーの!」
「は?」
千歳は不貞腐れたように、スポーツドリンクを肩に担ぎ、階段を駆け上がる。
急にキレられたことを不思議に思いながら、千歳の後を追いかけると、千歳はスポーツドリンクをボクシング場の隅に置き、部室に行こうとしていた。
「何キレてんの?」
「キレてない。 やっぱサボる」
千歳はそう言い放った後、勢いよく更衣室に駆け出していた。
『キレてんじゃん… 何キレてんだ?』
不思議に思いながらボクシング場でストレッチをしていると、薫がボクシング場に入るなり切り出してきた。
「千歳ちゃん、なんかすごい怒ってたけど、また何かしたの?」
「全然? なんでキレたのかさっぱり…」
そう言いかけた後、昼休みに起きたことが頭を過る。
『…あいつもしかして、ラインで桜さんに何もらったか聞いたとか? 【二人で使うって約束するなら言う】って言ったし… それなのに、ベタベタ触ったから急にキレたとか? マジかよ… 最悪…』
考えれば考えるほど血の気が引いていき、居ても立ってもいられなくなってしまう…
「薫悪い。 俺、ジム行くわ」
はっきりとそう言い切った後、着替える間もなく荷物だけ持ち、中田ジムへ向かっていた。
ジムに駆け込むと、サンドバックを殴っていた桜さんは手を止め、不思議そうに見てくる。
「桜さん、千歳に言いました?」
「は? 何を?」
「夕べ、桜さんからゴム貰ったことっすよ。 2箱も。 俺と二人で使えって、千歳にラインしたでしょ?」
「奏介!!!!」
背後から怒鳴り声が聞こえて振り返ると、顔を真っ赤にし、怒りに満ちた英雄さんの表情が視界に飛び込む。
「リング上がれやぁ!!」
『やべ… つーかなんで俺?』
そんなことは言えないまま、急いで準備をし、英雄さんからボコボコにされた後、桜さんもボコボコにされまくっていた。
帰り際、桜さんは俺の顔を見るなり、ツカツカと歩み寄り、黙ったまま素手でボディに1撃。
「な… なんで?」
必死に声を振り絞って聞いたんだけど、桜さんは黙ったままその場を後にしてしまった。
重い体を引きずるように帰宅すると、スマホが鳴り『親父』と表示されている。
すぐに電話に出ると、親父が切り出してきた。
「ゴールデンウィーク、こっちに来るか?」
「は? なんで?」
「俺も休みになったんだけど、呼び出されたらすぐに行かなきゃいけないから、そっちには帰れそうになくてな。 さっき、英雄さんから電話で聞いたんだけど、ジムも休みにするらしいし、遊びに来てゆっくりしろよ」
「…そっか。 わかった」
その後も少し話していたんだけど、電話をしている間、ずっとドアの向こうで物音がしていることに、気づかない振りをし続けていた。
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