第129話 耳栓

桜さんが耳栓をくれたおかげで、物音に気付くことなく眠れることができたんだけど、アラームの音までシャットアウトしてしまい、当然のように寝坊をしていた。


時間ギリギリに学校に着いたせいで、千歳の姿を見ないままでいた。



佐藤と化学室に行こうとすると、目の前を1年の女の子が、体全体を使って大きな段ボールを押しながら歩いている。


女の子の横を通る過ぎる際、何気なく段ボールをのぞき込むと、そこには問題集が詰め込められていたんだけど、女の子の横を通り過ぎた後、佐藤が小声で切り出した。


「あれ、相当重いよな…」


「だな。 あの子じゃ絶対持てねぇよ」


「確かに… あの子、1年だよな? なんで誰も助けないんだろう?」


「そう言うなら自分で行けば?」


「無理無理。 ナンパだって思われたら嫌じゃん」


話しながら通路の角にある化学室に入ろうとすると、階段の方から千歳の声が聞こえ、思わず振り返ってしまった。


千歳はその子に話しかけた後、軽々と段ボールを肩に担いでいる。


それと同時に、陸上部マネージャーの『福岡早苗』が「持ってあげる」と言い、千歳の荷物を奪うように持ち、歩き始めていた。


「中田の男子力って凄まじいな…」


佐藤が呟くように言った後、ため息を押し殺しながら化学室に入っていた。


『千歳って、ホント、バカみたいに親切で、男らしいんだよな…』


そんな風に思っていると、徹が化学室に入り、偉そうな様子で周囲に話し始める。


「な? 言ったろ? 中田は福岡の事、完全にパシってんだって! ペチャパイのくせに調子に乗っててマジうぜーわぁ」


この言葉にカチンと来てしまい、思わず口をはさんだ。


「1年の女子が困ってたから、千歳が助けてやってたんだよ。 福岡は千歳の荷物を持っただけだろ?」


「はぁ? 何言ってんの? いつも荷物持たせてんじゃん」


「千歳はそんな奴じゃねぇよ。 大体、お前最初から見てたわけじゃねぇだろ?」


佐藤が間に入り、必死で止める中、徹は俺を睨みながら、逃げるように席についていた。


『なんなんだよ… 本当の事、言っただけじゃん…』


苛立ちながら自分の席に着き、退屈な時間が始まっていた。



昼休みになり、弁当を食べた後、ボクシング場に行くと、千歳の姿がない。


千歳と同じ場所で駆け足飛びをしていると、背後から千歳の声が聞こえてきた。


「腿、下がってる」


必死に腿を上げながら飛び続け、5分経った後に手と足を止め、呼吸を整えていると、千歳が切り出してきた。


「桜ちゃんとご飯行ったんだってね。 今朝、ライン来てた」


「ああ… 急に誘われたからビビった」


「『奏介に良いもんプレゼントしたから、二人で使ってね』って書いてあったんだけど、何もらったの?」


キョトーンとした表情で聞いてくる千歳に、昨日、桜さんからもらったアレが頭に浮かぶ。


「あ… な、何でもないよ。 マジで」


「なんでもなくないよ。 ほら」


千歳はそう言いながらスマホをいじり、俺に桜さんからのメッセージを見せてくる。


『…マジだ。 しかもハートマーク付きって… 本当のこと言ったら、左ハイキック飛んできそうじゃね?』


つぶらな瞳で見てくる千歳に、言おうかどうしようか迷っていたんだけど、千歳は不思議そうな表情で見てくるばかり。


「二人で使うって約束するなら言う。 そうじゃないなら言わない」


「何かわかんなかったら約束できないし…」


「んじゃ言わない。 大したもんじゃないから気にしなくていいよ」


「気になるし… 教えてくれたっていいじゃん…」


千歳は唇を尖らせ、不貞腐れたように呟き始めた。


『左ハイキック覚悟で言うか? えー… でもすげー痛いんだぜ? つーか、桜さん、なんで千歳に言うんだよ… 不貞腐れたこの顔、めっちゃ可愛いけど、本当のことを言った後が怖くね? マジでどうしよ…』


不貞腐れた表情の千歳を見ながら考えていると、千歳は思い切ったように切り出した。


「使う!」


「は!?」


「二人で使うから教えて!」


思わずポカーンとしていたんだけど、千歳はまるで子犬のように、目を輝かせながら俺の答えを待っている。


無邪気に答えを待つ千歳に、下心しかない答えを言うなんて、失礼にもほどがある。


「み、耳栓だよ!」


「耳栓って、二人でどうやって使うの?」


「…わかんないけど、もらったのは耳栓だよ! あ、そろそろチャイム鳴るから行こうぜ!」


千歳の腕をつかみ、逃げ出すようにその場を後にしていた。

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