第128話 相談
凌に怒鳴られてしまい、ガッカリとしながらリングを降りると、カズさんが俺に近づき、小声で聞いてきた。
「寝てないのか?」
「…あんまり」
カズさんは何かを考えるように黙り込んでしまった。
これ以上迷惑をかけたくなくて、挨拶をした後に帰ろうとすると、桜さんが切り出してきた。
「おごるから飯行こう」
「え? 二人でですか?」
「うん。 事情徴収するわ」
桜さんは気のない感じで返事をした後、更衣室に向かい、カズさんと凌は不思議そうな顔をしていた。
『なんか怖いんすけど…』
頭の中でカズさんに助けを求めたんだけど、カズさんは逃げるように自宅に戻ってしまい、桜さんに急かされながら着替えた後、2人でジムを後にしていた。
歩いてアパートの近くにあるラーメン屋に行き、話しながら食べていたんだけど、桜さんが呆れたように切り出してきた。
「寝不足の原因って千歳が言ってた子? 英雄さんが全身ガンのステージ4でICUに入れられてたって話聞いたわ」
「はい… ウトウトしてると、物音が聞こえて目が覚めるんすよ。 やっと寝れるって思うと、また物音がして…」
「キレないの?」
「顔見たくないんですよ。 顔見たら負けみたいに思えちゃって…」
「なるほどね。 つーかさ、千歳のこと好きなんでしょ?」
「なんでわかるんですか?」
「見てればわかる。 もし振られたら、ジム辞めんの?」
「辞めないっす。 千歳、俺のことを避けるの得意だし、俺が我慢すれば平気かなって…」
「ふーん。 英雄さんにバレたら間違いなくボコられるけど、その覚悟があるなら当たって砕けるべきじゃない?」
「英雄さんにボコられるのは嬉しいし、問題ないんですけど…」
その後も、桜さんの質問に対し、答えていたんだけど、答えれば答えるほど、千歳が遠くに感じてしまい、寂しさが襲い掛かってきた。
寂しい気持ちに押しつぶされそうになっていると、桜さんはため息交じりに切り出した。
「シャキッとしろよ。 情けねぇなぁ… あんた、千歳に憧れてるだけで、本当は好きじゃないんじゃないの?」
この言葉にカチンと来てしまい、思わず声を荒げてしまう。
「そんな事ないっすよ! ちゃんと『好きだ』って言ったし、『付き合いたいと思ってる』とも言いました! けど、千歳からの返事がなくて…」
「ん? 『付き合って』じゃなくて、『付き合いたいと思ってる』って言ったの?」
「そうっすよ! 今じゃなかったことにされてるし、冗談としてしか受け止めてくれないし… 千歳はキックと陸上で1位とったから、俺より一つ多いんすよ。 だから、本気だって受け止めてもらえないんす」
「…1位云々つーかさ、言い方が悪いんじゃない? 『付き合ってください』なら返事のしようがあるけど、『付き合いたいと思ってる』って言われたところで『へー、そうなんだ』としか言えなくね?」
「え? …そういう事?」
「そういう事。 ホント、奏介ってバカだよね? 鈍いっつーか、単細胞っつーか、そう言う所、カズ兄に似てるわ。 あれも恋愛に関しては相当鈍くてバカだから。 けど、『千歳よりも多く1位を取る』って目標があることは、良いことだと思うよ?」
桜さんはそう言った後、ビールを飲んでいたんだけど、カズさんのことを話していた時に見せた、何とも言えない寂しそうな表情が、かなり衝撃的に思えていた。
『桜さんって、もしかしたらカズさんのこと? カッコいいし優しいし、カズさんなら納得できるなぁ…』
そんな風に思いながら桜さんを見ていると、桜さんはにっこり笑いながら俺を手招きし、耳元でささやいてきた。
「…この前見たんだけど、千歳、65のDカップだったよ。 触った感じだとEはあった」
「さ、触ったんすか!?」
「この前泊りに来た時、一緒にお風呂入ったのよ。 その後、一緒に寝たし! 寝顔かわいかったなぁ~」
桜さんの話を聞くたびに、桜さんが羨ましく思えてしまい、羨ましい気持ちのまま、店を後にしていた。
桜さんに付き合い、コンビニに寄った後、アパートの前につくと、桜さんは周りを見回し、俺の背中を叩いてきた。
「痛っ…」
「千歳に並ぶんだろ? ちゃんと寝ろよ!」
桜さんはそう言いながら、コンビニ袋を差し出してくる。
「金はいらねぇよ。 しっかり寝て、早く千歳よりも1位取りな。 じゃあな」
桜さんはそう言った後、自宅に向かって歩き始めていた。
家の中に入り、コンビニ袋を見ると、そこには耳栓となぜかアレが2箱も入っている。
『いやいやいや… これは千歳と付き合ってからプレゼントしてよ… 桜さんに相談って、なんか変な感じしたな…』
耳栓だけを出した後、袋ごと引き出しの奥にしまいこんでいた。
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