第125話 悪口

千歳の試合の後、突如として行われた英雄さんとのスパーリングのせいで、痛む体を引きずるように、歩いて帰宅していた。


『せっかくいい感じだったのに…』


英雄さんとスパーリングが出来ることは嬉しいんだけど、それよりも千歳との時間を潰され、せっかくのチャンスが無くなったことに、軽く不貞腐れていた。


不貞腐れたまま自宅に帰ると、親父がいきなり切り出してくる。


「トラブルがあって、明日からまた海外に行くことになったから。 何かあったら、すぐに連絡しろ」


「わかった」


そう言った後、不貞腐れたままシャワーを浴び、千歳が俺に向けてくれた『女の顔』を思い出しては、顔が綻んでいた。



翌週。


一人暮らしが再開すると同時に、完全に寝坊をしてしまい、千歳の姿を見ないまま学校へ。


昼休みになり、なんとなくボクシング場へ行くと、ボクシング場の片隅では、千歳が縄跳びをしていた。


その後ろ姿にホッとしつつも、千歳の後姿を眺めていたんだけど、後姿はどんどん遠く離れたように感じてしまう。


『また遠くにいる感じがする… これ、なんだろうな…』


自分自身に軽く呆れていると、千歳は俺と目が合った途端に目をそらし、後片付けを始めていた。


千歳は言葉を交わさないまま更衣室に向かってしまい、千歳の少し後ろを歩き始めた。


千歳は当たり前のように更衣室に入ろうとし、慌てて更衣室横の物陰に引きずり込み、近くにいることを証明したくて、千歳に顔を近づけてきた。


千歳はびっくりしたのか、俺を押し返したんだけど、ゆっくりと抱き寄せながら、再度顔を近づけた。


「ちょ… ダメだって…」


「なんで?」


「ここ学校だよ?」


「うちならいい?」


千歳は黙ったまま、女の顔をして俺を見てくる。


『この顔… 最高に嬉しいんだけど…』


顔を近づけようとした途端、更衣室のドアが開く音がし、女子生徒の声が聞こえてきた。


「ご、ごめん!!」


「さ、早苗!!」


千歳は慌てたように女の子を呼び止め、女の子の後を追いかけて更衣室へ。


『また離れた… 俺、学校で何してんだろ?』


大きくため息をついた後、その場を後にし、教室へと向かっていた。


教室に入り、自分の席に着くと、徹が大声で話しているのが耳に入る。


「中田がキックボクシングの大会で優勝したって話、聞いた? あいつ、ペチャパイのくせに調子乗ってて、マジウザくね?」


『ペチャパイじゃねぇし… ボコられてしまえ』


完全に呆れ返っていると、佐藤が俺に近づき、小声で切り出してきた。


「徹って、絶対中田のこと好きだよな?」


「なんで?」


「中田の気を引きたいけど、素直になれないみたいな感じしねぇ?」


「…それなのに悪口なんて言ってたら、嫌われるの目に見えてるじゃん」


「話かけてくれるきっかけが欲しいんだって。 奏介はホントわかってねぇなぁ…」


言葉の途中でチャイムが鳴り、佐藤は慌てたように自分の席へ。


退屈すぎる授業を聞いていると、過去の行動が頭を過っていた。



千歳のことが気になって仕方なかったけど、本人を前にするとイラついて、喧嘩口調になって、喧嘩を吹っかけて、殴られて…



『英雄さんに似てるし、昔の千尋が被って見えたからイラついてるんだと思ってたけど、本当は俺、千歳の正体がわかる前から、千歳のことが好きで好きで仕方なかったのかもな… 徹のことは言えないか…』



教科書を眺めながら小さくため息をつき、机で隠すように、千歳にラインをしていた。


【帰り、公園の先で待ってるな】


千歳からの返事は来ないまま授業を終え、小さくため息をついていた。

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