第115話 ボロボロ

千歳とカズさんがスパーリングを始めた数分後。


千歳はリング上で大の字になり、カズさんは満足そうな表情をしていた。


「面白かった! またやろうぜ!!」


「絶対嫌!」


千歳はゆっくりと起き上がりながらそう言い切り、慌てて千歳の体を抱えながらリングを下りていた。


千歳は壁にもたれかかりながら地べたに座っていたんだけど、見るからに疲労困憊でボロボロ。


すると光君が近づき、千歳の頭をグシャグシャっと撫でながら切り出してきた。


「いいもん見せてもらった!! カズが凄いのは知ってたけど、ちーも本当にすごいな! 特にあの左ハイキック! カズじゃなかったらKOしてるぞ!」


千歳は肩で息をしながら俯き、嬉しそうに微笑み始める。


それを見た瞬間、イラっとしてしまい、光君に切り出した。


「俺とやりませんか?」


光君は一瞬驚いた表情の後、ニヤッと笑う。


「上等」


そう言った後に駆け出し、英雄さんと話をし始め、千歳の隣でバンテージを巻き始めると、千歳が切り出してた。


「死ぬよ?」


「死なねぇよ。 俺も本気で動かないとな」


「本気? 何を?」


「内緒」


はっきりとそう言い切った後、カズさんにグローブを嵌めてもらったんだけど、カズさんは何も言わず、俺の肩をポンポンと叩いただけ。


『光君に勝って、俺が本気だって事を千歳に見せつける!!』


シャドウボクシングをしながら光君を待っていた。


しばらく待っていると、準備を終えた光君がリングの上に立ったんだけど、背の低い光君は、なぜか体が何倍にも大きく見える。


『あれ? リングに上がった途端、デカく見えるんですけど…』


不思議に思っていると、英雄さんの合図が響き、試合形式のスパーリングが開始したんだけど、開始直後、いきなり視界が真っ暗になり、リングに体を叩きつけられた。


何が起きたかもわからないまま、ゆっくりと立ち上がったんだけど、光君のノーモーションパンチは、どこにどう打ち込んでくるのか全く分からず。


直感だけを頼りに何発かパンチを入れたんだけど、光君が倒れることはなく、倒されまくっていた。


結局、起き上がる事ができなくなるくらいに叩きのめされ、ボディを食らった直後、リングの上に倒れこみ、動けないでいた。


倒れたまま、肩で息をしていると、光君が歩み寄り、俺の体を支え、リングから降ろしてくれた。


「ナイスファイト」


光君に声をかけられたけど、悔しさのあまり何も言えないままでいた。



絶対に負けたくなかった相手に完敗し、手を貸してもらうなんて、ダサすぎるにも程がある。



英雄さんが切り出し、カズさんと光君に抱えられて千歳の部屋に行ったんだけど、光君は俺をベッドに寝かすなり、笑いながら切り出してきた。


「こんなにボロボロになって帰ったら、親に怒られるかもな」


「うち片親だし、海外出張中なんで、怒る人間がいないんすよ」


「まだ高校生なのに大変だな…」


「もう慣れましたよ」


はっきりとそう言い切ると、光君はクスッと笑い、グローブとシューズを脱がしてくれたカズさんが、タオルを目元に押し付けてくる。


「少し寝てろ」


タオルをずらすこともなく、ベッドの上で横たわり、ドアの閉まる音を聞いていた。


『何してるんだろうな… 年明け早々、苛ついてこんなにボロボロになるまで叩きのめされて… ダサすぎるじゃん…』


自分自身に嫌悪感を抱きながら、ため息をついていた。

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