第108話 思い出話

朝のトレーニングを終えた後、千歳は黙ったまま家の中に入り、千歳を追いかけるように家の中へ入っていた。


サプリが効いてきたのか、嬉しいことが起きているせいか、さっきまでの頭痛は嘘のように消えていた。


千歳は部屋に駆け込んだ後、すぐに部屋を後にし、浴室に向かってしまう。


何も言わないまま、千歳の部屋に入り、ベッドにもたれかかりながらスマホを見ると、親父からメールが着ていた。


【次の帰国は1月10日ころになりそうだ。 仕送り、少し多めに振り込んでおいたから、英雄さんに下宿代として渡してくれ】


『1月10日か… 冬休み最終日だったかな?』


そんな風に思いながらメールの返信をしていると、千歳が部屋に入り、当然のようにベッドに座る。


千歳の隣に座りながら、ため息交じりに切り出した。


「ごめんな」


「いいよ。 気にしないで」


「本当は、カズさんが飲ませたわけじゃないんだよね…」


「ヨシ兄でしょ? 大体わかる。 くだらないことをするのは、いつもヨシ兄だもん。 カズ兄はくだらない事を言うだけで、行動には移さないし、ヨシ兄は言わないで行動に移すからさ」


「さすが本物の妹。 すげー羨ましい」


「羨ましくないって。 カズ兄は優しいけど、ヨシ兄の妹は大変だよ? 机の引き出しにバッタ入れられたり、クローゼットにカマキリ入れられたりするし… そのカマキリが卵産んで孵っちゃって、本当に大変だったんだから」


「…マジで?」


「うん。 たまたま遊びに来てたおばあちゃんが『縁起物だから殺しちゃだめだ』って言って、おじいちゃんとカズ兄が必死に逃がしてた。 父さんはヨシ兄に説教して、手伝ってなかったなぁ… 奏介の兄弟は?」


千歳に笑顔で聞かれ、過去の記憶が頭を過る。


「…一時期、姉貴が居たよ。 母親が連れて行った」


過去の記憶に押しつぶされそうになりながら答えると、千歳は俯きながら謝罪してきた。


「ごめん。 変なこと聞いた」


「いいよ。 本当のことだし。 連れ子だから、血のつながりもないし、今、どこで何をしてるかはわかんないしさ」


過去の記憶を払いのけるように言い切ったけど、千歳は俯いたまま黙り込むばかり。


千歳の頭をグシャグシャっと撫でると、シャンプーの香りが辺りに漂いはじめ、千歳は顔を上げていた。


キョトーンとした表情をしながら見つめられ、胸の奥をギュッと締め付けられる。


「ち、千歳さ、小さいときに、ジムでこうやって頭撫でられると、照れくさそうに笑ってたよな。 ジム覗いてた時、いつも見てた。 あの人って、三上光くんだよな?」


空気を変えるつもりで慌てて切り出したんだけど、千歳は少し顔を赤らめ、俯きながら答えていた。


「うん… 今はあれだけど、昔は本当にかっこよかった」


懐かしむように、そう言い切る千歳の瞳は、キラキラと輝き、まるで恋する乙女のような表情になっている。


それを見ただけで、無性に腹が立ち、苛立ちながら切り出した。


「なんかムカつく」


「なんで?」


「だって… 千歳が女の顔してるし… 俺以外の男の話で、そんな顔されるとムカつく」


「…嫉妬?」


「そうだよ。 めちゃくちゃ妬いてる」


はっきりとそう言い切ると、千歳は視線を逸らしてしまい、八つ当たりをするように千歳の頭をグシャグシャっと撫でた。


千歳は申し訳なさそうな表情をしていたんだけど、何も言わないまま。



『違う… こんな顔をさせたい訳じゃない…』



申し訳なさそうな表情をしてほしくないんだけど、千歳の表情はどんどん曇っていくばかり。


「シャワーでも浴びに行くかな」


空気を変えるように立ち上がり、ロンTを脱ごうとすると、千歳は慌てたように声を上げた。


「ちょ! いきなり脱ぐな!!」


千歳は部屋から飛び出してしまい、ドアの方を眺めていた。


『なんだあいつ… 試合中、いつも裸だから、裸なんて見慣れてるじゃん…』


不思議に思いながらロンTを着なおし、部屋を後にし、浴室に入ると、昔、薫に貰ったミサンガが力なく垂れ下がり、靴下を脱ぐと同時に切れてしまった。


『ま、いっか』


何も気にせず、ミサンガをゴミ箱の中に入れていた。

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