第107話 寝坊

「奏介、起きろ。 奏介!」


遠くから英雄さんの声が聞こえ、目を開けると気分が悪い。


「あ、おはようございます…」


「お前、酒飲んだのか?」


英雄さんは眉間にしわを寄せ、俺を睨みつけるように聞いてきた。


「俺が飲ませた」


声のする方に顔を向けると、カズさんがベッドの上で上半身を起こしながら答えている。


「カズが? なんで?」


「聞きたいことがあったけど、口割らないから飲んで吐かせた」


「何聞いたんだよ?」


「世界チャンプ目指してるって話。 もっとトレーニングして、早く強くなりたいんだと。 本気で親父に憧れてるから、どんなハードワークでも耐え抜くって言いきってた」


英雄さんはカズさんの話を聞き、嬉しそうな表情をし始める。


「そうか… 奏介、今日のトレーニングは休め。 午後、具合がよくなったらジムに来ればいいから。 な?」


英雄さんはそう言った後、鼻歌を歌いながら部屋を後にしていた。



正直、昨夜のことはほとんど覚えてない。


はっきりと覚えているのは、世界チャンプの話をした事と、ヨシ君が面白がって飲ませてきたことくらい。


『飲ませたのってカズさんじゃないよな… ヨシ君をかばった? やっぱ、カズさんってかっこいいし、こんな兄貴が欲しかった』


そんな風に思っていると、カズさんは大きなあくびの後切り出してきた。


「そこにサプリあるから飲んどけ」


「…ありがとうございます」


言われた通り、サプリを手に取り、グラスに入っていた水で飲みほした瞬間、一気に吐き気が襲い掛かり、慌ててトイレに駆け込んだ。


胃の中のものをすべて吐き出し、カズさんの部屋に戻ると、カズさんは俺の顔を見て笑いながら切り出した。


「そのグラス、ヨシが飲んでたウォッカじゃん」


「ええ… もっと早く言ってくださいよ…」


「普通、グラスに残ってるもんで飲まねぇだろ? サプリを水で飲んで横になっとけ」


カズさんに言われた通り、水でサプリを飲んだ後、横になっていた。



数十分後。


玄関の方から英雄さんの声が聞こえ、ガンガンと響くように痛む頭を押さえながら、ゆっくりと家を後にする。


声のする方に向かい、庭に出ると、千歳がしゃがみ込みながら呼吸を整え、英雄さんはストップウォッチを見ながら歓喜の声を上げていた。


「40分21秒。 いいペースだ」


二人にゆっくりと歩み寄ると、二人は俺の方を見てくる。


「本当にすいません」


「大丈夫か?」


「頭痛いです」


「カズの部屋はダメだな。 ヨシは… もっとダメか」


英雄さんはため息をこぼしながらそう言い、千歳が口をはさんできた。


「なんでヨシ兄はダメなの?」


「汚いから」


「掃除させればいいじゃん」


「あいつがやると思うか?」


二人の会話を聞き、この場にいることが間違えているように感じてしまう。


「やっぱ俺、帰りますよ」


「ダメだ。 あれで引き下がるとは思えないし、万が一刺されでもしたら、選手生命どころが、人生が終わる」


英雄さんは確信を持ったようにそう言い切り、思わずため息がこぼれてしまった。


しばらくの沈黙の後、千歳が切り出してくる。


「あたしがヨシ兄の部屋を掃除するのは?」


「お前はヨシの部屋に入るな」


「なんで?」


英雄さんは顔をしかめて黙り込んでしまい、英雄さんの代わりに俺が答える。


「ヨシ君の部屋、雑誌がすごいんだよ。 成人向けのやつもあるし…」


千歳は納得したような声を上げると、英雄さんが切り出した。


「ちーの部屋しかないか」


「はぁ!?」


「お前の部屋が一番安全で綺麗だろ? 奏介、ちーになんかしたら、わかってるだろうな?」


英雄さんは睨みながら言ってきたんだけど、頭痛を忘れるほどに興奮してしまい、思わず声を上げてしまった。


「スパーっすか!?」


「叩きのめすぞ」


「やっべ! マジっすか!! 毎日なんかします!!」


「するんじゃねぇつってんの!」


英雄さんは顔を真っ赤にしながら怒鳴りつけただけで、自分の部屋に逃げ出していた。



『千歳の部屋で二人って… しかもなんかしたら英雄さんとのスパー。 こんな天国あっていいの?』



千歳は何の反応も示さず、筋トレをしはじめ、自転車のキャリアに座り、汗を流す千歳を眺め続けていた。

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