第104話 反省
英雄さんと共に、英雄さんの自宅に戻ると、千歳が2階から降りてきた。
英雄さんは千歳の顔を見るなり、苛立った口調のまま切り出す。
「田中の親に会ったぞ。 金輪際、近づけさせないって約束した。 あの親、事情を聴くなり『いくら払えばいいですか?』だと。 話しててイライラしたわ…」
「いくらもらったの?」
「貰う訳ねぇだろ!」
「貰えばいいじゃん。 貰わないってことは、絶対にまた来るよ?」
「金じゃなくて、頭下げて謝罪しろっつーんだよ!!」
「プライドが高くて、謝れないからお金で解決しようとしてんじゃないの? これ以上払えないくらいにしないと、また同じことを繰り返すよ?」
英雄さんは千歳の言葉を聞き、更に苛立ったような表情を見せ始めた。
『なんかこれやばいかも…』
嫌な予感が頭を過っていると、英雄さんが千歳に切り出した。
「ちー、準備してこい。 スパーやるぞ」
「俺にやらせてください! 元はと言えば、騙された俺が悪いんだし、千歳は知らないところで被害者になってただけなんで」
英雄さんに向かってはっきりとそう言い切ると、英雄さんは驚いた表情の後、口を開いた。
「準備してこい」
「あざっす。 千歳、荷物置かせて」
千歳にそう言った後、荷物を持って千歳の部屋に駆け込むと、千歳は後を追いかけ、に着替えを準備している俺に向かって、呆れたように切り出してきた。
「死んじゃうよ?」
「元はと言えば俺が原因だろ? 千歳がスパー相手になる理由がねぇよ」
「だってさぁ…」
「何? 心配してくれてんの?」
「そうじゃなくて! あの感じだと、奏介が立ち上がれなくなるまで終わんないよ?」
「心配してんじゃん」
「違!」
『ホント素直じゃねぇなぁ…』
思わず笑いながら着替えを持って立ち上がると、千歳はドアの横の壁にもたれかかり、不安そうな表情をしてくる。
「大丈夫だって! 俺、英雄さんとのスパー楽しみにしてるからさ」
はっきりとそう言い切り、部屋を後にしようとすると、千歳が腕をつかんできた。
「ガードに集中して。 下手に躱そうとしないで、なるべく距離をとってガードだけに集中して。 奏介のほうがリーチが長いけど、父さんのパンチ、ものすごい伸びてくるから」
「わかった」
返事をしながら千歳の頭を撫で、ジムへと向かっていた。
数分後、千歳はリングサイドで不安そうに俺のことを見ていた。
千歳の言う通り、英雄さんのノーモーションで繰り出されるパンチは、俺の想定している以上に伸び、確実に急所を狙ってきた。
何度か反撃しようかと思ったんだけど、反撃しようとするたびにパンチを繰り出され、ガードに専念する以外にできることがない。
『すげー伸びるし、普段よりキレッキレじゃん…』
パンチを受け続けていたんだけど、英雄さんの右ストレートをガードした直後、条件反射的に右腕が動き、フックを放とうとした瞬間、右脇腹に衝撃が走り、立ち上がれないでいた。
思わず蹲っていたんだけど、英雄さんからは怒鳴り声しか聞こえてこない。
「立て!! まだまだだ!!」
何度も打たれては、ガードの隙を縫うようにパンチを食らい、何度も倒されまくっていた。
『もう勘弁してくれ』
そう思っても、英雄さんのスパーリングは終わることなく、千歳が心配してきた意味がやっと理解できた。
数十分後。
リングの上で仰向けになり、立ち上がれないでいると、英雄さんは肩で息をしながら切り出した。
「ちー、あと頼む」
英雄さんはそう言った後、リングを降りてジムを後にし、千歳が慌てたようにリングの上へ駆けあがり、しゃがみ込みながら切り出してきた。
「生きてる?」
「死んだ」
言葉では『死んだ』と言ってはいるものの、痛みと疲労感の中に、どこか清々しさを感じてしまう。
「…生き返れ」
「千歳のお願いじゃ聞かないわけにはいかねぇよな」
千歳の絞り出すような声を聴き、嬉しさのあまり、笑いながら上半身を起こした。
「さっき英雄さんに言われて、冬休み中、ずっとここに居ることになったんだ。 しばらくお世話になるけど、トレーニングするとき、絶対に声かけて。 約束な」
そう言いながら右手に嵌められたグローブを差し出すと、千歳はそれに答えるように、右手でこぶしを作り、俺のグローブに当ててくる。
「一瞬反撃しようとしたでしょ? ガードに専念しないからこうなるんだよ。 反省しろ」
千歳の減らず口を聞き、思わず笑いがこぼれながらも、千歳の腕を借りながら、ゆっくりと立ち上がっていた。
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