第105話 部屋

「カズ、今日から奏介と相部屋にしてくれ」


仕事を終え、帰宅してすぐに親父に言われ、訳が分からないままキッチンにある椅子に座る。


「奏介? なんで?」


「今日からしばらく下宿すんだよ」


「なんで急に?」


「田中だ」


「あの女?」


「そうだ。 あの親父に会ったけど、相変わらず金のことしか言わねぇでやんの」


「で? その奏介は?」


「ちーの部屋でストレッチしてる」


「ふーん…」


親父と話をしながら夕食を食べ終え、2階の自室に行こうとすると、千歳の部屋から奏介の悲鳴に似た声が聞こえてくる。


「痛ぇって!」


「硬すぎるっつってんでしょ!! もっとまじめにストレッチしろ!!」


「やってんじゃねぇかよ!!」


「やってないから言ってんでしょうが!!」


千歳と奏介の怒鳴り声を聞き、完全に呆れ返りながら部屋に入っていた。


しばらくすると、部屋のドアがノックされ、奏介が不貞腐れたように部屋に入ってきたんだけど、何か言いたげな表情をするばかり。


「どうかしたか?」


「いえ、何でもないっす」


「あのなぁ、そんな顔して『何でもない』っつったところで、誰も信用しねぇぞ?」


「…何でもないっす。 今日からお世話になります」


奏介はそう言い切った後、地べたに座っていたんだけど、俺のコレクションしている酒瓶を見つめていた。


「飲むか?」


「え? 俺まだ高校生っすよ?」


「別によくね?」


「良くないっす!」


「家で一人なんだし、親父の酒、こっそり飲んだりしねぇの?」


「親父、家で飲まない人だったんで、家に酒があるってことが新鮮なんすよ… こうやって並べるとかっこいいんすね」


目を輝かせながら酒棚を見ている奏介を見ていると、その純粋さのせいか、自分が汚れている気分にすらなってくる。


すると、部屋のドアがノックされ、コーラと氷の入ったグラスを2つ持ったヨシが、部屋に入ってきた。


「兄貴、ウィスキーと炭酸頂戴」


ヨシはそう言いながら奏介の前にグラスとコーラを置いたんだけど、奏介はコーラから離れるばかり。


「何逃げてんの?」


「…メントス、仕込みました?」


「仕込んでねぇって。 ここでやったら兄貴に殺されんじゃん」


ヨシはそう言いながらコーラを開け、奏介の前に置かれたグラスにコーラを注ぎ始めた。


しばらく飲みながら話していたんだけど、話題が千歳のことになると、奏介は何か言いたげな表情をし始めた。


「奏介、その顔なんだよ?」


「いえ…」


奏介が言いかけると、ヨシが当たり前のように口を開いた。


「『千歳の胸ってこんなデカかったっけ?』」


「な! なんでわかるんすか!?」


「初めてうちに泊まりに来た時、凌が同じこと言ってたから。 千歳にチクったらブチ切れて、凌に『リング上がれ』つって泣かしてた」


ヨシが当たり前のようにそう言い切ると、奏介は慌てたように否定する言葉を並べ、トイレに逃げ出していた。


ヨシはそんな姿を見届けた後、奏介の飲んでいたコーラの入っていたグラスに、ウィスキーをたらし始める。


「ヨシ、それはまずいだろ?」


「ちょっとだったら大丈夫じゃね? あいつ、いつも我慢してるような感じじゃん? 腹割って話したいんだよね」


「俺は知らねぇぞ?」


完全に呆れ返りながらヨシの行動を眺めていると、奏介は部屋に戻り、グラスに入ったコーラを飲み始めた。


が、奏介は眉間に皺をよせ、グラスのコーラをマジマジと見始めただけで、何かを言おうとはしない。


「つーかさ、今日、親父とスパーしたんだって?」


ヨシが切り出し、トレーニングの話をし始めたんだけど、奏介のグラスが無くなりそうになると、ヨシが千歳の話を切り出す。


奏介は言葉に詰まるとトイレへ逃げ出し、その隙にヨシは、グラスの中に入ったコーラにウィスキーを混ぜていた。


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