第103話 裏事情

数時間後。


英雄さんに切り出され、荷物を取りにアパートへ車で向かっていた。


アパートに近づくと、アパートの前には1台のパトカーが停まっている。


英雄さんとともに車を降り、アパートに近づくと、俺の家の前では、春香が泣きじゃくり、通路を塞ぐように二人の警察官が立ち塞がっていた。


英雄さんは何も気にすることなく警察官に近づき、英雄さんの後を追いかけたんだけど、春香は俺の顔を見た途端、叫び始めた。


「奏介! 助けて!!」


警察官は振り返り、英雄さんに切り出す。


「通報があってきたんですけど、英雄さんの娘だって言い張るんですよね…」


英雄さんは顔見知りなのか、平然と答えていた。


「ああ、偽名を使って奏介に近づいたんだと。 別れた後も、しつこく付きまとってたんだよ。 ストーカーってやつだな」


「本当の名前ってご存じですか?」


「田中春香。 広瀬ジムのメインスポンサーの娘だ」


その後も、警察官は英雄さんは話をしていたんだけど、春香の顔だけではなく、声も聞きたくなくて、顔を逸らし続けていた。


結局、春香は警察署に連れていかれ、俺と英雄さんも同行することに。


事情徴収を終え、警察官と共に英雄さんのもとに行くと、スーツを着た男性が歩み寄ってきた。


「君が菊沢奏介君?」


「はい…」


「何があったか聞かせてもらえるか?」


事情を話すと、男性は何事も無かったかのように奥に行こうとし、英雄さんが慌ててそれを引き留めていた。


「待て。 それだけか?」


「他に何か?」


「うちの奏介は、あんたの娘のおかげで、豪い迷惑してんだよ。 謝罪の一つもできないのか?」


「いくら払えばいいですか?」


「そういう事を言ってんじゃねぇだろ? お前の娘は『自分が俺の隠し子だ』って言い張ったんだぞ?」


「ですから、いくらお支払いすればいいですか?」


思わず殴りかかろうとする英雄さんを、警察官と二人で抑えたんだけど、春香の父親は反省の色どころか、謝罪をする姿勢を見せようともしない。


「英雄さん、もういいっす。 行きましょう」


はっきりそう言い切ると、英雄さんは苛立ったような表情のまま、吐き捨てるように言い放つ。


「金輪際、うちのジムの奴らに近づけるな! 娘によく言っとけ!!」


「わかりました。 約束します」


春香の父親はそう言い切った後、踵を返し、奥の部屋へと進んでいった。


警察官と英雄さんの話を聞きながら歩き、警察署の外に出ると、警察官が切り出してきた。


「何かあったら、すぐに相談しなさい。 一人で悩んで、我慢してなくていいんだからね」


返事をした後、車に乗り込み、アパートに向かっていたんだけど、英雄さんの怒りは収まらないようで、ギュッとハンドルを握りしめるばかり。


黙ったままアパートで荷物をまとめ、車に戻った後も、英雄さんの怒りは収まっておらず、ピリピリとした空気のまま車に揺られていた。


「英雄さん、すいませんでした」


「お前が謝ることはない。 元はと言えば、田中のせいだ。 ったく、あの男、何年経っても変わりゃしねぇ」


「お知り合いなんですか?」


「元々広瀬にいたって言ったろ? 俺が移籍した直後、あいつが経営コンサルタントになったんだよ。 あいつ、『小学生は金にならないからジムに入れない』とかほざいて、ちーの入会を拒みやがったくせに、『松坂は親が金持ちだから、VIPで入れる』とかほざいて、智也を小間使いに使いやがって…」


「あ、それで智也君にビビってたんですね」


「そういうことだ」


英雄さんは話せば話すほど不機嫌になっていき、それ以上、言葉を交わせないままでいた。

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