第101話 アルバム

千歳の部屋を出た後、どこに居ていいのかわからず、キッチンの椅子に座り、ボーっとテーブルの上を眺めていた。


『素直な気持ちを言っただけで、間違ったことは言っていない』


何度も自分自身に言い聞かせていると、ドアが開く音と同時に、「ただいま~」と言う声が聞こえてきた。


その直後、ヨシ君がキッチンに姿を見せ、いきなり切り出してきた。


「あれ? 奏介、何してんの?」


事情を話すと、ヨシ君は冷蔵庫から水を出して一口飲み、呆れたように呟いてきた。


「やっぱりそうだったかぁ… 実はさ、7時頃駅で見かけたんだよね。 似てる奴がいるなぁって思ったら、本人だったんだな」


「英雄さんと一緒じゃなかったんですか?」


「違うよ。 大学の奴らと飲んでた。 で、どこで寝ろって言ってた?」


「何も言われてないです…」


「んじゃ俺の部屋来いよ」


ヨシ君はそう言った後、さっさと2階に行ってしまい、慌ててそれを追いかけた。


千歳の部屋の向いにあるドアの中に入ると、雑誌が散乱していて、ヨシ君は足でスペースを開けた途端、山積みになった雑誌が崩れ落ち、成人向け雑誌の如何わしいページが開いてしまう。


ヨシ君はそれを気にすることなく座り、俺に切り出してきた。


「座れよ」


「…どこにですか?」


「テキトーなとこ」


仕方なく、雑誌を避け、適当な場所に座ると、ヨシ君はトレーニングの話を開始していたんだけど、向かいの部屋にいる千歳が気になって仕方ない。


すると、ヨシ君が呆れたように切り出してきた


「何だその顔」


「え? その顔って?」


「思い悩んでるような顔。 光君に似てるのは顔だけなんだな」


「光君って、前に言ってた人ですか?」


「そそ。 ググった?」


「はい。 けど、写真が出てこなくて…」


そう言い切ると、ヨシ君は引き出しを開け、アルバムを探し始めた。


「これこれ。 これが光君」


そう言いながら見せられた写真には、ポニーテールをした幼い頃の千歳とまだ若いみんなの姿が写っていたんだけど、数人の見覚えのない人が写っていたんだけど、中でも、一際かっこいい人をヨシ君は指さしてくる。


「俺、こんなイケメンじゃないっすよ」


「知ってる」


ヨシ君に即答され、言葉を失っていたんだけど、ヨシ君は懐かしむように切り出した。


「肘の怪我がなかったら、今でも現役だったろうし、世界チャンピオンにもなってたと思うわ」


「そんな強かったんですか?」


「親父の愛弟子っつっても過言ではないよ。 兄貴の相棒として、ずっとやってたし、高校生の時、新人王戦でも優勝したんだ。 女子の追っかけがすごくて、大変だったんだぜ? パンチ打つたびにキャーキャー言われてて、その度にちーが不機嫌になってたなぁ… ちーの初恋の人」


「…千歳の?」


「光君優しかったからなぁ… ちーを見かけるたびに声かけて、光君が話しかけると、ちーの目じりが下がるんだよ。 乙女の顔ってやつ? ま、こんだけイケメンで優しかったら、誰でも落ちるわな」


ヨシ君の話を聞きながら、光君に対してイラっとしてしまう気持ちを抑えきれないでいた。


苛立つ気持ちを抑えきれず、次のページを開いてみると、ヨシ君と英雄さんがミット打ちをしている写真が写っていたんだけど、その奥ではリングに背を向け、縄跳びをしているポニーテール姿の千歳の写真が写っていた。


『この後ろ姿…』


いつもガラス越しに見ていた後姿を、写真という形で目の当たりにし、胸の奥がギュッと締め付けられる感じがしていた。


「あ、その写真、俺が小6の時かな? みんなで親父の合宿について行ったんだよ。 東帝のオーナーが別荘持ってて、そこで合宿したんだ。 トレーニング以外にも、薪割したり、みんなで飯作ったりさぁ。 ドラム缶に水貯めて、五右衛門風呂やったんだけど、めんどくせぇから智也と二人で薪を大量に突っ込んだら、吉野さんが入る前に火が消えててさぁ。 そのあとに入った親父の時には水風呂状態。 その時の折檻がこのミット打ち」


羨ましい気持ちを抱きながら、ヨシ君の話してくれる思い出話に耳を傾け、幼い頃の千歳の写真を探し続けていた。

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