第99話 やきもち
急いで千歳の家に着いたまではいいんだけど、千歳は自宅の前でポケットに手を入れ固まっていた。
不思議に思いながら千歳を見ていると、千歳は呟くように切り出してきた。
「あ… 鍵忘れた…」
「は? 英雄さんは?」
「カズ兄が忘年会って言ってたから、みんなそっち行ってると思う…」
「え? お前、それでうちに来いとか言ってた訳?」
「だって仕方ないじゃん! 春香が向かってたし、急がないとやばいって思ったし…」
千歳は呟くように言った後、玄関の前に座り込んでしまい、その隣にしゃがみ込み、コンビニ袋からスポーツドリンク出し、千歳に手渡した。
千歳は躊躇することなく、スポーツドリンクを一口飲んでいたんだけど、暗闇の中で千歳の流した汗が頬を伝い、キラキラと輝いて見える。
頬を伝う汗は、俺のために必死になって駆け付けてくれたことを物語っているように見え、それだけで嬉しくなり、千歳に切り出した。
「なんで? なんでやばいと思った?」
「なんでって… ムカつくじゃん…」
「へぇ~。 ムカつくんだ。 俺とあいつが顔を合わせるとムカつく?」
「うん。 ムカつく」
「それってさ… 『やきもち』って言うの知ってる?」
「違!」
千歳は慌てたように大声で言い切っていた。
『ホント素直じゃねぇなぁ… ま、そこも千歳の良いところだけど』
思わず笑みがこぼれてしまい、それを誤魔化すようにスマホを取り出し、英雄さんへ電話をし始めた。
電話の向こうは騒がしく、英雄さんはかなり酔っていたようで、少し下っ足らずな口調だった。
『春香が家に来て、千歳が教えに来てくれたんだけど、鍵を忘れて家に入れないでいる』ことを告げると、英雄さんはすぐに了承をし「すぐに帰るからそこで待ってろ」と切り出してくれた。
電話を切った後、千歳に「英雄さん、帰って来てくれるって」と言うと、千歳は黙ったままスポーツドリンクを差し出してくる。
それを一口飲んだ後、自然と沈黙が訪れ、暗闇の中を黙ったまま並んで座り込んでいた。
『なんなんだろうな… この状況…』
そう思うと、思わず笑みがこぼれてしまい、千歳に切り出した。
「高校生にもなって玄関前で親を待つとか… 普通じゃねぇな」
「仕方ないじゃん… 普通の家庭じゃないんだし…」
「確かに、親が娘に対してガチスパーリングするって普通の家庭ではないな。 ま、そこが面白いんだけどさ」
「面白くない」
「いや、相当面白いよ。 千歳って英雄さんと同じで行動が全然読めないし、初めて学校でスパーリングしたときも、右利きなのに左でファイティングポーズ取ったし、まさかハイキックしてくるとはなぁ?」
千歳は黙ったまま、じっと地面を見つめるだけ。
黙ったまま地面を見て、不貞腐れたような表情をしている千歳を見ていた。
「ありがとな。 教えに来てくれて」
千歳は俺の言葉を聞いた途端、俺の顔を見てきたんだけど、目が合った直後、慌てたように視線を逸らし、切り出してきた。
「…どうするの? 大きいボストンバック持ってたし、家出したのかもよ?」
「英雄さんに相談するよ。 カズさんがうちに泊まりに来た時、あいつが家に来たんだよね。 カズさんが切れて、英雄さんに会わせたんだけど、事情を話したらブチ切れて追い返してたんだ。 その時に『困ったことがあったらいつでも言え。 うちの会員はみんな俺の家族だから遠慮するな』って言ってくれてさ。 普通、あんなこと言えないぜ? 最高にかっこ良かった」
あの時の英雄さんのことを思い出すと、守られている安心感に包まれ、口調までもが穏やかになっているのがわかる。
そう思った瞬間、タクシーが家の前に止まり、英雄さんと母さんが慌てて駆け寄ってきた。
英雄さんは鍵を開けると同時に、切り出してきた。
「奏介、帰れないんだろ? 今日はうちに泊まれ。 明日、荷物取りに行くの手伝ってやる」
「そこまでしてもらわなくても大丈夫ですよ」
「偽名を使うなんてろくな奴じゃないし、やきもち焼いて刺される可能性だってあるだろ? しばらく避難しとけ」
英雄さんはそう言いながら、俺の背中を押して家の中に押し込んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます