第86話 リラックス
勝って千歳に告白すると決めた試合当日。
待ち合わせの時間にジムの前に行くと、みんなが集まっていたんだけど、みんなは『これから遠足?』と聞きたくなるくらいにリラックスしていて、雑談ばかりをしていた。
メンバーから外されたヨシ君の姿も輪の中に居たんだけど、ヨシ君は俺の顔を見るなり切り出してきた。
「相手松坂だろ? 適当に遊んでやれよ」
「でも、俺、1回も勝てたことないっすよ?」
「それは昔の話だろ? 前とは比べ物にならないくらいに強くなってるし、脂肪も落ちたじゃん。 奏介の敵じゃねぇよ」
ヨシ君にはっきりとそう言い切られ、より一層勝ちたい気持ちが大きくなっていた。
少し後に千歳が家から出てきたんだけど、千歳は気合十分という感じで動きながら桜さんと話をしているばかり。
結局、千歳に話しかけられないまま、英雄さんと吉野さんの車がジムの前に着いてしまい、みんなは2台に分かれ、車に乗り込んだ。
千歳は吉野さんの車に乗り、俺は英雄さんの車に乗ったんだけど、車に揺られている最中、凌が切り出してきた。
「広瀬って古巣だろ? 行きにくかったりする?」
「全然。 あんまり行ってなかったし、行っても筋トレだけだったからさ。 あそこ、バンテージの巻き方すら教えてくれなかったんだよね」
「マジで? ぼったくりもいいとこじゃん」
そのまま智也君とヨシ君も交えた4人で話しをし、広瀬ジムの駐車場に着いたんだけど、車を降りてもみんなの雰囲気は変わらず。
千歳と桜さん、吉野さんも合流し、リラックスをしながらジムの中へ。
ジムの中に入ると、千歳は周囲を見回し、呆然としながらバーカウンターを見ていたんだけど、英雄さんはバーカウンターに見向きもせず、まっすぐに豪華なホテルのような受付に行き、女性の案内でエレベーターの前へ。
エレベーターの前に行ったんだけど、定員オーバーで乗ることが叶わず、千歳に切り出した。
「階段で行くか?」
千歳は黙ったまま頷き、英雄さんが声をかけてきた
「奏介、4階で集まろう」
返事をした後、千歳と並んで階段を上っていたんだけど、3階に着くと同時に、千歳は当たり前のようにドアを開け、その場に立ち尽くしていた。
千歳の背後から3階を覗くと、ピンクと白を基調としたフロアには、エアロバイクやバランスボール、トレーニングマシーンが立ち並び、一部の壁は全面鏡になっていて、多くの女性が汗を流している。
「ここで試合するの?」
「ここまだ3階だぞ?」
千歳は少し顔を赤らめ、恥ずかしそうに階段を駆け上がっていた。
『もしかして、実は天然?』
ちょっとした疑問を抱きながら、千歳を追いかけ4階に行くと、広瀬はビギナーコースのみんなや、見知らぬ奴ら等々、20人近くを集めていたんだけど、一番奥のベンチには、春香が当たり前のように座っていた。
『やっぱり居るし…』
うんざりしながら挨拶を済ませ、みんなと2階にある更衣室に行ったんだけど、更衣室に入るなり、松坂と目が合う。
すると智也君が俺を押しのけ、松坂に前に行き切り出した。
「よぉ腑抜け。 久しぶりじゃん。 相変わらず汚い手使ってんのか?」
松坂は智也君を見ないようにし、俺に切り出してきた。
「結構図々しい奴なんだな。 負けたら千尋に慰めてもらえよ。 あいつ、今日は1日救護室、空けてるぞ?」
松坂の言葉にブチっと来てしまった瞬間、ヨシ君は俺の腕をつかみ、小声で切り出してきた。
「リングでケリ付けろ」
大きく息を吐くと、智也君は黙ったまま松坂にどんどん近づき、松坂は小さく縮こまるばかり。
「千尋って誰だよ?」
「あの… その…」
「まさか中田英雄の娘とは言わねぇよな?」
「い、言いません!!」
「まぁいいや。 うちの弟、いじめんじゃねぇぞ」
智也君がはっきりそう言うと、松坂は逃げ出すように更衣室を後にしていた。
智也君が何の躊躇もなく『弟』と言ってくれたことが、なぜか無性に嬉しくて、思わず顔を綻ばせながら着替えを始めていた。
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