第85話 ウラハラ
千歳にバンテージとグローブをはめてもらった後、ヨシ君とスパーをしていると、英雄さんが1回から現れ、全員を一か所に集め始めた。
話の内容は、さっき千歳から聞いた『広瀬での招待試合』のことだったんだけど、話を終えると、英雄さんが俺に歩み寄り、切り出してきた。
「行きにくかったら、行かなくていいから」
「いえ、行きます。 松坂とはケリ付けたいんで」
「でもなぁ… あの女、多分来るぞ」
「もし来たとしても、英雄さんが一緒なら、安心して試合に集中できます」
「何言ってんだバカやろ。 負けたらトレーニング倍だからな」
はっきりとそう言い切ると、英雄さんは嬉しそうな表情をしながらそう言い切っていた。
みんなはトレーニングを終えた後、ぞろぞろと更衣室へ向かっていたんだけど、縄跳びが残っていたため、一人居残り。
縄跳びの音だけが聞こえる中、一人黙々と飛び続けていると、背後から「肢、下がってる」というカズさんの声が聞こえ、足の高さを意識しながら飛び続けていた。
カズさんは俺の正面にあったベンチに座り、監視するように俺を見てくる。
タイマーが鳴ると同時にしゃがみ込み、肩で息をしていた。
「肢は直角になるよう意識しなきゃだめだぞ」
「はい… わかりました…」
「何ラウンド?」
「3です。 今、2ラウンド目が終わりました」
「そっか。 5ラウンドに増やせ」
「5? ですか?」
「あんなスローペースの3ラウンドじゃ意味ねぇよ。 5にしろ」
「わかりました」
そう言った後、縄跳びを再開したんだけど、カズさんは俺を見守るように監視し、時々注意をしてくれていた。
5ラウンド目を飛び終えた後、カズさんが切り出し、二人でラーメン屋に行ったんだけど、話の内容はトレーニングのことばかり。
しばらく話していると、カズさんは思い出したように切り出してきた。
「シューズ、限界来てそうだな」
「そうなんすよね。 早く行きたいんですけど、千歳のシフトがわかんなくて…」
「そういや、今日シフトもらってたな。 広瀬との試合が23日だったから、24、25は休みにしてもらったはず」
「クリスマスって忙しいんじゃないんですか?」
「顔が腫れてたら店出れねぇじゃん。 食らうとは思わないけど、バイトも一人入ったし、初の試合で不甲斐ない結果出したら、親父が黙ってねぇだろ?」
「それもそうですね…」
「松坂とケリ付けるんだろ? 今の奏介なら敵じゃねぇよ」
「知ってるんですか?」
「親父と一緒に広瀬に通ってたからな。 智也がわがまま坊ちゃんの世話係させられて、毎日キレてたわ。 ヨシは相手にすらしてなかったなぁ… あいつ、ああ見えて弱い者いじめ嫌いだから」
「俺、『弱いものいじめが楽しいから、スパー相手にしてる』って言われましたよ?」
「あいつ言葉と本音が裏腹だから。 親父と一緒。 ちーも同じか。 ま、あの3人の言うことは、真に受けないほうがいいぞ。 照れ隠しで減らず口叩いてるだけ」
その後もカズさんと話しをし、店を後にしたんだけど、カズさんはアパートの前まで見送ってくれた。
おごってくれたお礼を言うと、カズさんは「また飯行こうぜ」と言い、周囲を見回しながら走り出していた。
その行動で、心配してくれていることが嬉しくなり、急いで家に入った後、すぐ千歳にラインをしていた。
【カズさんと飯行って、シフト聞いたんだけど、買い物、12月24日か25日にしない? 招待試合あるから、その辺りなら練習もないっしょ。 ボコられて顔がはれてたら、年明けにしようぜ】
しばらく待っていたんだけど、返信はなく、時計を見ると22時過ぎ。
『もう寝てるか… 返事は明日だな』
そう思いながらシャワーを浴びようとすると、千歳からの返信が来ていた。
≪了解≫
たった2文字の短すぎる単語なんだけど、それを見ただけで胸が弾み、嬉しさを抑えきれないでいた。
『松坂との試合に勝ったら… 松坂とケリ付けたら、好きだって伝えよう… もしダメでも、ジムでほとんど顔を合わせないし、たぶん大丈夫…』
そう決心しながらシャワーを後回しにし、筋トレを始めていた。
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