第84話 慣れ
「奏介、サンキューな」
カズさんのおかげで、春香の正体がはっきりした翌朝。
カズさんとヨシ君が帰ってすぐ、カズさんから教わったURL先を眺めていた。
そのままサイトを見ていると、海外のボクシング映画の広告が視界に飛び込む。
『これ見たいなぁ… 千歳、一緒に行ってくれるかな?』
そう思いながらトレーニングウェアに着替え、ロードワークに出ていた。
走っている間も、頭に浮かぶのは千歳のことばかり。
千歳って、どんな映画が好きなんだろ?
どんな音楽聞くんだろ?
ボクシング以外に、どんな趣味があるんだろ?
…どんな男が好きなんだろ?
ふと頭に過った言葉に足を止めると、背後から駆け寄る足音が聞こえてくる。
何気なく後ろを振り返ると、フードを被った千歳が駆け寄ってきた。
「ちー!」
思わず声をかけると、千歳は俺を見て、肩で息をしながら駆け寄ってくる。
「ロードワーク?」
「そそ。 シューズ見に行くの、いつなら空いてる?」
「え? マジで行くの?」
「当たり前じゃん。 ついでに映画見に行かね? 海外のボクシング映画やってるんだよね。 見たくね?」
思い切って誘ってみると、千歳は不貞腐れたように唇を尖らせ、黙り込んでしまった。
『俺とじゃダメ?』
頭の中に浮かんだ言葉に、寂しさが押し寄せてくる。
「…ダメ?」
寂しさを抑えきれず、顔を覗き込むように言うと、千歳は小声で呟くように答えた。
「バイト、いつ入るかわかんないから…」
「そっか… んじゃわかったらすぐ連絡して」
「わかった。 あ、そういえばね、父さんが言ってたんだけど、今度、広瀬で招待試合するみたいだよ」
「広瀬で?」
「うん。 今度は広瀬が招待する側なんだって。 父さん、『行きたくないけど、みんなのためを思うと行かなきゃだし』って、かなり悩んでた。 向こうのトレーナーが勝手に対戦カード組んで、高山さんがメールしてきたみたいなんだけど、奏介と松坂が対戦相手になってたよ?」
「マジで!?」
「うん。 私もキックで出ることになってたんだけど、相手が田中忍って言ってたかな? 一昨年、キックのアマチュア戦で優勝した人だって。 ま、都合悪いって言えば出なくて済むし、行きにくかったら休んじゃえば? 公式戦でもないんだし、無理することないよ」
千歳はそう言うと、勢いよく走りだしてしまい、その後を追いかけ続けていた。
そのまま二人でジムに行くと、リングの上で、凌がヨシ君にボコられている最中だったんだけど、凌はヨシ君の繰り出すフェイントをしっかり見極め、パンチを躱し続けていた。
『ヨシ君もすげーけど、凌もすげー… なんでフェイントってわかるんだろ…』
感心しながら見ていたら、凌は綺麗な左アッパーを見事に食らい、リングに倒れこむ。
『ある意味すごい』
そう思いながら筋トレをしようとしていると、ヨシ君の叫び声が響き渡る。
「奏介! 来い!!」
「うっす」
急いでバンテージを巻こうとすると、千歳が黙ったまま手伝ってくれたんだけど、千歳が巻いてくれたバンテージは違和感もなく、手に吸い付くようにフィットする感じがしていた。
「なぁ、バンテージ巻くの上手くない?」
「慣れてるからじゃない?」
千歳は平然とそう言い切っていたんだけど、千歳が当たり前のようにバンテージを巻き、グローブをはめてくれたことが、今までにないくらいに嬉しくて、浮足立ったままリングに上がっていた。
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