第83話 付きまとい

親父は涙をこぼす女を見ながら、奏介に切り出した。


「で? なんで奏介がいるんだ?」


「実は、俺、こいつに付きまとわれてたんですよ。 『英雄さんの娘だ』って紹介されて付き合い始めて…」


「…ストーカーってやつか?」


「言い換えればそんな感じです。 別れたら離れるって思ったんですけど、ダメだったみたいで…」


「そうか。 田中、二度とうちの奏介に近づくな。 次会ったら通報するからな。 今すぐ出ていけ」


親父がはっきりとそういうと、女は口を開き始めた。


「また私を捨てるの!?」


「また? お前を拾った覚えなんてない」


「お母さんを愛してるって言ってたじゃない!」


「俺が愛してるのは母さんだけだ」


「お兄ちゃんに暴力を振るわれてるの! お願い! お父さん助けて!!」


「お前の親父じゃない。 信用しないなら、DNA検査でもなんでも受けてやる」


まるで悲劇のヒロインのような口ぶりで、親父と言い合いをしていたんだけど、全くと言っていいほど会話が成立しない。



『この女、相当頭沸いてんなぁ… 話も通じないし… 発言がめぐみっぽい…』


ふと頭をよぎった元カノの事に、かなりうんざりしていると、親父はヨシに切り出してきた。


「ヨシ! 警察呼べ!!」


「ほ~い」


ヨシがスマホをポケットから出すなり、女は慌てたようにジムを後にし、親父は大きくため息をついていた。


「なんなんだよあの女…」


「暇なんじゃね? 奏介さ、あの女のわがままに付き合ったりした?」


「はい… いつも振り回されてました…」


奏介が言いにくそうに言うと、ヨシが声を上げた。


「お前、優しすぎだろ? 文句言ったりしねぇの?」


「言ったけど聞き入れてもらえなくて… 諦めてたんですよ」


「それでか…」


思わず納得の声を上げてしまうと、親父が奏介に切り出した。


「奏介、困ったことがあったら、遠慮しないでいつでも言え。 うちの会員はみんな俺の家族だから遠慮するな。 わかったな?」


親父はそう言った後、奏介の頭をグシャグシャっと撫でる。


「…はい」


奏介は眼を輝かせながら、親父をジッと見つめ、小さく返事をしていた。


その後、奏介と二人で歩き、アパートに向かっていたんだけど、なぜかヨシも俺たちの後をついてきていた。


『千歳に成りすましねぇ… それで桜と偽物がどうのって話してた時、気にしてこっちに来たのか。 一人暮らしだっていうのに、変なのに目付けられたなぁ… ってことは、奏介って千歳を? んな訳ないか』


ヨシと話しながら歩く奏介の横顔を眺めながらそう思い、奏介のアパートに戻っていた。



アパートに戻った後、3人で少し話していたんだけど、ヨシが呆れたように切り出した。


「あの女、本当に千歳の振りしてたん?」


「はい…」


「お前さ、素直すぎるっつーか単純すぎねぇ? 親父の名前出されて、すぐ信用しちまったんだろ? あの程度で済んだから良かったけど、変なもん買わされて借金苦になったらどうすんの?」


「…そこまで考えてなかったっす」


「もう少し、人を疑うことを覚えたほうがいいんじゃね? スパー中もそうだけど、フェイントに引っ掛かりまくるじゃん。 裏の裏をかかなきゃ、親父みたくなれねぇぞ?」


偉そうに説教を始めるヨシと、真剣な表情でそれを聞く奏介のことを見ていたんだけど、なぜか二人が羨ましく思えていた。


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