第87話 ルール

着替え終えた後、みんなで4階に向かい、準備をしていたんだけど、春香は刺すような視線でジッと見てくる。


ジッと見てくる視線に嫌気がさし、ベンチに座る凌の前に立ち、顔を見せないようにしていた。


少し話をしていると、千歳と桜さんがボクシング場に姿を現したんだけど、千歳は苛立った様子で凌の隣に座り、足にテーピングを巻き始めていた。


『女子更衣室でも何かあったんかな…』


不思議に思いながら千歳の姿を見ていると、広瀬のトレーナーと話していた英雄さんと吉野さんは、千歳以上に不機嫌そうにみんなの元へ近づき、みんなを1か所に集め、小声で切り出した。


「全員、1撃KO狙え」


「え? KO?」


桜さんが不思議そうな声を上げると、英雄さんは八つ当たりをするように言い放つ。


「広瀬ルールでやるとしか言わねぇんだよ。 どんなルールか聞いても答えねぇし、KOならどんなルールでも勝てる。 全力で突っ走れ」


英雄さんがはっきりとそう言い切ると、試合が開始された。


第一試合の凌は、違う学校の奴と対戦し、2ラウンド終盤で綺麗なアッパーを決めてKO勝ち。


第二試合の智也君は、同じ大学生の子と対戦し、終了間際にダウンをとったんだけど、カウントの最中で試合終了のゴングが鳴り響いてしまったため、なぜかドロー。


「カウント止めんな!」


セコンドにいたヨシ君は怒鳴りつけるように抗議していたんだけど、英雄さんに抑えられ、不貞腐れたようにしていた。


次の第3試合は、桜さんと女性ボクサーの試合だったんだけど、桜さんは1ラウンド終盤でダウンを取ったにも関わらず、なぜかカウントが途中で止まり、レフェリーが試合をストップ。


不思議に思いながら周囲を見ていると、レフェリーは桜さんのグローブをチェックし始めた。


『は? 何してんの?』


桜さんのグローブをチェックすると、試合が開始されたんだけど、またしても桜さんがダウンを奪い、カウントの途中でゴングが鳴り響き、ドロー判定を下されていた。


『時間稼ぎ? 汚ねぇ… そこまでして勝ちたいのか?』


次の試合は俺と松坂の試合だったんだけど、理不尽な判定をされていた智也君と桜さんは、かなり苛立ちながら告げてきた。


「絶対勝てよ」


「当たり前っす」


はっきりとそう言い切った後、リング中央に行き、試合開始のゴングが鳴り響いた瞬間、松坂のジャブよりも先に右ストレートが松坂の顔面に突き刺さった。


『え? 今のパンチめっちゃ早くね? 俺、すげー強くなってね?』


自分の放ったパンチの速さが信じられず、ニュートラルコーナーでダウンをする松坂を見ていたんだけど、カウントが異常なほどゆっくり。


『20カウントの間に1分経つんじゃないか?』ってくらいのスローペースなカウントを聞いていると、松坂はロープをつかみながら立ち上がった。


「反則じゃねぇかよ!」


ヨシ君の怒鳴り声が響いていたんだけど、レフェリーは一切耳を傾けずに試合再開。


試合が再開されたのはいいんだけど、松坂はロープの反動を利用してパンチを繰り出したり、俺の腕を掴んできたりと、反則の嵐だったんだけど、あれだけ重かったはずの松坂のパンチは、ものすごく軽いパンチに感じていた。


『ヨシ君のパンチに比べたら全然だな。 俺、知らない間に打たれ強くなったんだ…』


自分自身が強くなっていることを実感しつつ、松坂のパンチを弾き、反撃し続けていた。

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