第80話 電話

テスト期間を終え、ジムでトレーニングをしていると、ヨシ君が現れ、いきなり「スパーしようぜ」と切り出してきた。


今まで、ヨシ君は智也君とスパーリングをしていたんだけど、最近では俺とスパーばかりをしていることに、少し疑問を抱いてしまう。


スパーリングを終えた後、ヨシ君に切り出した。


「最近、俺とばっかりスパーしてません?」


「うん。 弱い者いじめ、楽しいじゃん」


屈託のない笑顔でそう言い切るヨシ君に、『聞かなきゃよかった…』なんてことは言えないまま、トレーニングを終えた後、更衣室に向かっていた。


更衣室のロッカーを開けると、黒いトレーニングウェアが奇麗に畳まれた状態で、2着も入っている。


『カズさん… 2着もくれるって、マジ優しすぎます』


ヨシ君とは正反対の行動に、軽く感動しながらジムを後にすると、ジムの前でカズさんとばったり。


トレーニングウェアのお礼をすると、カズさんは笑顔で切り出してきた。


「気にしなくていいって。 それより頼みがあるんだけどさ、週末、専門時代の奴らと忘年会あるんだわ。 一晩泊めさせてくんね? 会場が奏介の家から近いし、奏介の家までバイクで行けるしさ」


「それくらい全然良いっすよ!」


「良かったぁ! すげー助かる」


「あ、そういえば、千歳のシフトっていつくらいにわかります? シューズ買いに行く約束してるんすよ」


「多分、来週あたりじゃないかな? シューズだったら、ちょっと遠いけどいい店知ってるぞ」


「マジっすか!! そこ知りたいっす!!」


「URL送るから、ライン教えてよ」


「はい!」


思わず興奮の声を上げてしまい、ラインを交換した後も、カズさんと立ち話を続けていた。



走って自宅に帰り、カズさんの優しさに感動しながらシャワーを浴び終えると、スマホに見知らぬ番号から着信があった。


何気なく電話に出ると、嫌な記憶が蘇る声が聞こえてくる。


「奏介? 私、春香」


思わず切ろうとすると、電話の向こうから「待って!! お願い!!」という声が聞こえ、スマホを耳に当てた。


「んだよ」


「声、聴きたくなって…」


「言っとくけど、お前の言う言葉、全部嘘に聞こえるから。 それも嘘なんだろ?」


「違う! 本当に声が聴きたかったの!」


「俺は聞きたくない」


はっきりとそう言った後、容赦なく電話を切ったんだけど、無性に千歳の声が聴きたくなってしまった。


『21時か… 寝てるよなぁ… けど、声聞きたいし… ちょっとだけ話に付き合ってくれたり、【付き合って】とか言われたりしちゃったら、マジでかなり嬉しいんだけど…』


期待に胸を膨らませながらも、恐る恐る千歳に電話をすると、千歳は4コール目で出たんだけど、『寝てました』と言わんばかりの声で「ぁぃ」とだけ。


「千歳? 寝てた?」


「…誰?」


「奏介」


「…何?」


「あ、あの… 何してるかなって思ってさ…」


「寝てる以上」


千歳ははっきりとそう言い切ると、いきなり電話を切ってしまった。



『切りやがった… 変に期待するだけ無駄か… かけなきゃ良かった…』


がっかりと肩を落とし、早くベルトに近づけるように、筋トレを始めていた。


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