第79話 約束

ストレッチをした後、再度勉強を教わっていたんだけど、ストレッチをしたせいか、さっきよりも緊張がほぐれ、わからないことを聞きまくっていた。


聞きまくるというよりも、沈黙が怖くて、『質問攻めにしている』といったほうが正しいような気もするけど…


今まではお互い黙ったままでも、全然平気だったのに、千歳を意識して以降、沈黙が怖くなっていた。



勉強を終え、何か話すことはないかと視線を向けると、千歳のシューズが棚に並んでいることに気が付き、千歳に切り出した。


「新しいシューズ欲しいんだけど、今度、一緒に見に行かない?」


「父さん、カタログ持ってるよ?」


「実物見たいじゃん? な? 二人で行こうぜ」


千歳は少し困った表情をしながら教科書で顔を隠し、小声で告げてきた。


「…忙しいよ?」


「急いでないから、試験休みでも冬休み中でもいいし。 …嫌?」


教科書をどかし、顔を覗き込みながら聞くと、千歳は視線をそらし、不貞腐れるような口調で答えていた。


「別にいいけど…」


「約束な」


初めてすんなりと受け入れてくれたことが嬉しすぎて、千歳の頭をグシャグシャっと撫でていた。


その後もストレッチを繰り返し、夕方過ぎに帰ろうとすると、英雄さんが千歳の部屋へ。


「奏介、飯食ってけ」


英雄さんはそれだけ言うと、部屋を後にしてしまい、千歳と二人でキッチンに向かっていた。


ヨシ君が不在のまま、5人で話しながら食べていると、ドアが開き、「ただいま~」と言うヨシ君の声が聞こえてくる。


キッチンに現れたヨシ君に「お邪魔してます」と言うと、ヨシ君はボストンバックの中から金色に輝くベルトを出してきた。


ベルトを見ただけで、一瞬にして興奮が高まってしまい、興奮したままヨシ君に切り出した。


「マジっすか!? 触っていいっすか??」


「ダメ。 見るだけ」


「ちょっと! ちょっとだけ!!」


「俺んだっつーの! あ、そっか。 高校の新人戦って賞状だけだっけ?」


「そうなんすよ! やべぇ、触りたいっす」


はっきりそう言い切ると、英雄さんが横から口を出してくる。


「ちー、お前も欲しくなったんじゃないのか?」


千歳は目の前に置かれたベルトをマジマジと見ながら「いらない」とだけ。


口では『いらない』と言っていた千歳は、今まで見たことがないくらいに目を輝かせ、食い入るようにベルトを見つめていた。


『本当は欲しいんだ…』


目を輝かせる千歳の横顔を眺めていると、英雄さんが呟くようにに切り出してきた。


「世界チャンプのベルトに比べたらまだまだだな。 あのベルトはもっとキラキラでピカピカしてるし、いろんな意味で重いんだよ。 自宅に持ち帰れないから見たことないんだけど、昔、ちーが『キラキラでピカピカ見たい』って言ってたんだよなぁ」


千歳は英雄さんの言葉を聞かず、お預けを食らっている子犬のように、ベルトを見るばかり。


『キラキラでピカピカ… 絶対取ってやる!!』


「英雄さん、トレーニングってもう少しハードにしたら、もっと強くなれますか?」


「今のトレーニング内容を時間内に終わらせろ。 まずはそこからだ。 難なく熟せるようになったら、次の段階にステップアップさせてやる」


英雄さんは厳しくも優しい目でそう言い、期待に胸が膨らんでいた。

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